浜田宏一氏インタビュー 「金融緩和を続けながら財政出動を」

インタビュー 浜田宏一 内閣官房参与、米エール大学名誉教授 

 

◇金融緩和を続けながら財政出動を

◇シムズ論文で考えが変わった

 

 これまでのアベノミクスの効果や金融政策のあるべき姿について、安倍晋三首相の経済ブレーンである浜田宏一氏に聞いた。

 

── アベノミクスで日銀が掲げた「物価上昇率2%」の目標は達成されていない。

■アベノミクスは当初、効果があった。雇用者数は増え、企業収益は改善し、大企業を中心に賃上げの動きも広がって、政府の税収も増えた。アベノミクスの成果を否定する論者は、新卒者が就職難だった時代に戻れと言っているのと同じだ。国民生活から見ると、雇用と生産の確保が第一に重要で、物価が上がるのはむしろマイナスである。ただ、物価を上げないと雇用、生産に抑制効果が出てしまうので、私見だが物価目標は、雇用、生産向上の手段となる。

 

 初期のアベノミクスで効果が出たのは、人々により新しいインフレ的なレジーム(政策)を期待させたこともあるが、一義的には量的緩和が円レートの下落と結びついていたからだ。ところがその後は、米大統領選でのトランプ氏当選までは円投機の影響なのか、金融緩和が円安に結びつかなかった。そのため特にこの1年間、量的緩和の効果が頭打ちになってきた感はある。円市場が動く時には金融政策だけで十分な収穫があったが、金利がほぼゼロの状況の中で徐々に量的緩和の効果が薄れつつある。

 

── ではどうすればいいのか。

■一番よいのは、金融緩和を続けながら政府が財政支出、あるいは減税をすること。そうすれば、需要が増えて金利が上がる。通常は、公共投資増による公債発行増大に伴う利子率上昇が民間投資を阻害する「クラウディング・アウト」効果が出てしまうが、同時に金融緩和も継続すれば、金利上昇を抑えられる。金融緩和で財政政策の効果を強化できる。

 

 ◇リフレの否定ではない

 

── これまでは財政出動を主張していなかった。

■2016年8月に米ワイオミング州ジャクソンホールで開かれた会合でクリストファー・シムズ米プリンストン大学教授が発表した論文を知り、考えが変わった。シムズ教授は日本の現状について「金利がゼロに近い状況で金融緩和は効かず、マイナス金利の深掘りも金融機関のバランスシートを損ねるが、財政出動も併せて行えば効果はある」という指摘をしている。それは政府、日銀を除く国民のバランスシートを考えると自然な発想で、財政政策も重要だ。

 

── 11月15日付『日本経済新聞』朝刊のインタビュー記事で「かつて『デフレはマネタリーな現象だ』と主張していたのは事実で、学者として以前言っていたことと考えが変わったことは認めなければならない」と発言したことが、一部で「リフレ政策や量的緩和を否定する発言」と解釈されて話題になっている。

■量的緩和という薬Aが最も日本経済に効くと考え、金融政策を進めてきた。そしてそれがアベノミクス初期には予想以上に効いた。今回の私の発言は、患者の状況が変化したので、これから財政政策という薬Bも併用したほうがAの効果も強まると言っているに過ぎない。アベノミクス初期にはAだけでもこれだけ効いたのだから、Aだけを勧めたことを批判されるのは心外だ。

 

 私が「デフレは専ら貨幣的現象だ」と言っていたのは事実だ。岩田規久男・日銀副総裁が主張してきた金融政策も同じような考えによるもので、アベノミクスは日本経済を生き返らせるのに成功した。しかし、5%から8%という高率の消費税引き上げにより、総需要、特に消費需要がマイナスの影響を受け、金融政策による日本経済の救済の妨げになっている。

 

 また、外国為替市場における投機的な円買いなどにより円高が進み、量的緩和の効果が弱まることもあった。今は、減税、貨幣や流動性資産にしがみつく企業への付加税など、金融政策を補助するために財政措置を利用するのが望ましいと考える。昔の不十分な説を修正するのは、学者としての正しい態度だと思っている。

 

 ◇日本経済の目先は楽観

 

── 財政出動というが、国と地方を合わせた債務残高は国内総生産(GDP)に対して200%を超え、日銀の国債買い入れの限界も指摘されている。

■日本の負債の総額から資産を引くネットで考えれば、130~140%くらいで、財政赤字は拡大解釈されている。財政赤字は国民の消費の拡大のために、デフレの時は必要だという学説もある。

 

── 金融緩和のためには、日本国債でなく、米国債など外債を購入するという選択肢もあるのでは。

■その通りだ。しかし、米国債の購入も、事実上の為替介入だとして米国は文句を言うかもしれない。特にトランプ氏はそういう問題に派手に反応する可能性がある。

── トランプ氏は中国と日本を「為替操作国」と主張していた。

■現在の日本は「為替操作国」ではない。16年春に円高が進んだ時、私は財務省に「為替介入すべきだ」と進言したが、米国の学者が我々に「(為替介入をしたら)TPP(環太平洋パートナーシップ協定)はあきらめろ」などと脅してきた。学者としては、為替は金融政策で決めて介入しないというのが基本的な立場だが、日本の通貨当局が何もしないと、ヘッジファンドなどが投機的な円買いをしてくるので、短期的、投機的な乱高下を防ぐために介入してもいい時はある。

 

── トランプ氏はTPPにも反対している。

■米国実業界にとって、TPPほどうまい話はなかった。共和党も建前上、オバマ大統領の政治的成功を認めたくないので、どこかで「本音」に戻るには、何か儀式が必要だろう。TPPがだめでも、同じような貿易協定ができないかを米国が考える余地はあると思う。

 

── 米国経済の見通しは。

■未知数だ。ただ一つ言えるのは、トランプ氏は大統領に再選されたいと思うだろうから、次の選挙にマイナスになることはしないだろう。希望的には、政策が極端な方向にいく歯止めになり得る。

 

── 17年の日本経済に楽観的か、悲観的か。

■米国が財政出動をすれば景気もよくなり、日本経済にも波及するので、目先は楽観的。だが、トランプ政権は矛盾だらけの政策を追求しそうなので、予想外の波乱もあるだろう。

(聞き手=藤枝克治/松本惇/藤沢壮・編集部)

【この記事の掲載号】

週刊エコノミスト2016年12月27日号

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