グローバル化の果て 被害者意識に彩られたナショナリズムへの回帰

花束が手向けられたパリのシャルリーエブド紙襲撃現場
花束が手向けられたパリのシャルリーエブド紙襲撃現場

小野塚知二(東京大学経済学研究科教授)

 

英国のEU(欧州連合)離脱国民投票や米国の大統領選挙の背景に共通するのは、被害者意識にとらわれたナショナリズムである。それは英米だけでなく、テロと難民・移民の波におびえる欧州諸国でも、長期の不況から脱却できず雇用の劣化と貧困に苦しむ日本でも観察できる。

 

被害者意識とは、自分たちが当然享受すべき富や権利が外国人によって損なわれているという心理だ。注意深く見るなら、ナショナリズムには外敵に内通する裏切り者に対する猜疑心(さいぎしん)という側面もある。我々の利益を売り渡しているのはエリートだ、しかも彼らはパナマ文書で暴露された脱法行為に手を染めているというポピュリストの論法は、現在のナショナリズムにおける猜疑心のありかを示している。

 

被害者意識と猜疑心に特徴付けられるナショナリズムが、民衆の支持を得て政治に影響を及ぼす現象は近年に始まったことではない。1世紀前、オーストリア=ハンガリー帝国の皇位継承者が国内のセルビア系民族主義者に暗殺されたサラエボ事件(1914年6月)が発生し、1カ月後には事件と関係のない国々が一斉に戦争に飛び込んだ。その背景にも同様なナショナリズムが作用していた。

 

いまでは想像もしにくいことだが、第一次世界大戦前の世界では貿易、資本輸出入、人の移動・移住にほとんど何の障壁もなく、世界経済は植民地も含めて順調に成長し続けていた。しかも、各地の情報は現在と同様に世界の人々の間に行き渡っていた。むろん、植民地支配や帝国主義諸国間の摩擦はあったが、世界経済は一国に赤字が、他国に黒字がたまる不均衡を拡大させることなく、循環的に発展していた。

 

 ◇終わらない「戦後」

 

第一次大戦前の約50年間(1860~1914年)は、欧州を中心に世界がますます密接に結びつき、円滑で円満な発展を経験した第1のグローバル経済の時期である。日本が「鎖国」を解いて、世界経済に参入したのもこの時期だった。

 

大戦前には、世界経済の円満な発展ゆえに、いまや国境も関税も意味を失い、まして戦争など起こるはずもないと楽観的に考える英国のジャーナリスト、N・エンジェルなどの自由主義的平和主義がもてはやされた。他方では各国で勢力を増しつつあった社会主義運動も労働者の国際連帯(インターナショナリズム)を堅持して、帝国主義戦争には加担しないと誓い合っていた。

 

それにもかかわらず、1914年の夏、戦争が突然勃発して緊密に結び付いたグローバル経済は瞬時に破壊されてしまったのである。

 

英国は第1のグローバル経済の中心であり、基軸通貨ポンドを世界に提供し、世界の貿易・海運・保険を担うことで大きな利益を得ていた。それが英国の外交上の優位性の源泉でもあった。英国の政治家もそれは承知していたから、参戦に躊躇逡巡(ちゅうちょしゅんじゅん)した。しかし、彼らは戦争というアリ地獄に落ち込んでしまう。参戦したことで英国は経済的・外交的な利益を喪失し、世界も英国という有力な中立国・停戦仲介者を失って、大戦は長く深い破壊を世界に及ぼした。

 

 その後1世紀を経て現在まで、第一次大戦前と同様の円滑・円満なグローバル経済は回復していない。第一次大戦後の世界経済は、短い例外を除けば、不安定と不均衡と分断とで特徴付けることができる。90年代以降から現在に至る第2のグローバル経済は、金(ゴールド)の裏付けを欠いた通貨を無際限に供給することによってかろうじて回っている。それは常に、世界のどこかが破綻する危険性を秘めている。

 

 第一次大戦の「戦後」は、まだ終わっていない。安定と均衡の世界経済を回復するという課題の前に、破綻の危険性が立ちはだかっているのである。

 

 ◇比較劣位業種生む国際分業

 

 誰も望んでいなかった不条理で不合理な戦争は、なぜ発生したのだろうか。1930年代の大恐慌期に各国がブロック化政策を採り、限られた市場を奪い合うことが第二次大戦の原因に作用したのとはまったく異なり、第一次大戦前の世界経済は「うまく回っていた」のである。

 

 通説の「帝国主義諸列強の対外膨張策の衝突」「3B政策と3C政策の対抗」「三国同盟と三国協商の対立」は開戦原因を説明できない。ドイツの3B(ベルリン=ビザンチウム=バグダッド)と、イギリスの3C(カイロ=ケープタウン=コルカタ)は地理的にかすりもしない。また、3Bのうちビザンチウム(現在のイスタンブール)とバグダッドは進出方向の願望を示しているだけで、バグダッド鉄道の敷設を進めようとしたドイツが英仏の資本参加を求めるほどに、欧州諸国間は経済的に深く結びついていた。

 

 しかし、経済の緊密化はいいことずくめではない。これが第一次大戦の原因を知る糸口である。国際分業の深化は必然的にどの国にも比較劣位業種を生み、地域の衰退や失業という苦難を経験させる。輸出産業も過当競争で苦難を味わう。民衆の政治参加が進み、世論が形成され、政府を批判する政治活動が行われる社会では、こうした苦難には何らかの説明と解法が必要となる。

 

 第一次大戦前に伸張していた社会主義は、苦難の原因を資本主義の矛盾に求めた。こうした社会主義を放置すれば、革命が起きるかもしれない。革命を防止するには社会政策・社会改良が必要だが、そのための財源と国民的合意をいかに調達するかという別の困難に行き着く。

 

 社会主義に対抗する言説が、ナショナリズムであった。苦難を外国と裏切り者のせいにするお手軽な説明だが、民衆の被害者意識と猜疑心を動員できれば、国内の失業、構造不況業種、貧困、格差などの問題はとりあえず外側に向かって解消される。

 

 サラエボ事件の局外の国々が一斉に参戦した理由は、経済や帝国主義的対立からでは説明できない。戦争責任論(ベルサイユ条約におけるドイツ責任論)を離れて、開戦原因を冷静に再考することは、第1のグローバル経済が破壊された理由を知る上で有益なだけでなく、経済的に密接に結びつきながら、外交的・軍事的な緊張が絶えず、民衆心理に対外不信感や敵愾心(てきがいしん)が、静かにみなぎっている現在の東アジア・東南アジアにとっても喫緊の課題である。

 

 国際分業の深化にともなって発生するさまざまな苦難への配慮と対処を怠るなら、苦難が生み出す被害者意識と政治との相互作用の結果、戦争によって国際分業そのものが壊されてしまう危険性があることを第一次大戦は示している。

 

 ◇捏造された「敵」

 

 第一次大戦が開戦した1914年7月の危機に作用したのと同様な内政と民衆心理の相互作用は、近年の欧米諸国と日本で目立つようになった右翼的・排外的傾向の背後にも検出できる。

 

 やみくもにイラク戦争に突入した米国、週刊紙シャルリーエブド襲撃事件のあと、オランド大統領の号令に応えて数百万人の民衆が集会やデモに「立ち上がった」フランス。己の「文明と市民社会の安寧を自衛するためなら、『外敵』と内なる『異物』に対する防衛的戦争はいまもありうること」 (拙編著『第一次世界大戦開戦原因の再検討』222ページ)を物語っている。テロや言論に対する暴力が許されないのはいうまでもないが、被害者意識を煽(あお)り立てて敵を名指しする政治家とメディアには十分な注意が必要である。

 

 橋下徹前大阪市長は「民主政治の本質は大衆迎合」だと主張している。しかし、19世紀末から20世紀初めにかけて、欧州諸国で史上初めて民衆が政治の決定権を握るようになった時、ナショナリズムは大衆に迎合すると見せながら、実は、捏造(ねつぞう)された「敵」への害意に大衆を扇動した。

 

 問題が国内にあるのならそれらを直視して、まずは国内で内需拡大、雇用創出、所得の再分配などの地道な方法で解かなければならない。経済政策に失敗して外向きに逃避する結果が、第一次大戦のような未曽有の災厄だとするなら、そのツケはあまりに大きい。

*『週刊エコノミスト』2017年1月3・10日合併号 「世界経済総予測2017」