2017年

1月

24日

「我々は皆リフレ派である」 金融緩和の効果は絶大だ=原田泰・日銀審議委員

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原田泰・日本銀行政策委員会審議委員

 

日本銀行が量的・質的金融緩和政策(QQE)を開始してから4年近くたつが、2%の消費者物価上昇率の目標はまだ達成できていない。この目標が達成できていないことによってQQEが失敗したとする議論がある。

 

さらには、2016年1月に日本銀行が打ち出したマイナス金利、9月の長短金利のコントロール政策について、金融政策の目標としてマネタリーベースの量が第一義的に強調されていないから、リフレ派の敗北と評価する人もいる。

 

 しかし、量は手段である。

 

経済学には、経済を不況にも過熱にもしない、程良い利子率、自然利子率があるという考え方がある。金融政策の役割は、現実の利子率をこの自然利子率との関係で適切な水準にコントロールすることで、経済を程良い状態にしておくことである。

 

しかし、長いデフレと経済停滞が続いて、金利はほとんどゼロになってしまった。名目金利だけを考えていたのでは、金利をこれ以上下げることには限界があり、経済をちょうど良い状態にすることができなくなってしまった。

 

そこで行ったのが、QQEである。これは、マネタリーベースという量を拡大し、予想物価上昇率を引き上げ、実質金利(名目金利マイナス予想物価上昇率)を引き下げて、経済を良い方向に持っていこうというものだ。

 

実質金利の低下は、民間投資や住宅投資の拡大、円安、株高をもたらし、景気を刺激する。マイナス金利政策は、名目金利をマイナスにするわけだから、実質金利も当然に低下する。実質金利を下げて、経済を良い状態にするという意味では同じである。

 実質長期金利は、予想物価上昇率にどの指標を取るかによって異なるが、エコノミストによるインフレ予想に基づけば、図のようになる。

 

大胆な金融緩和を唱えていた安倍晋三自民党総裁(当時)が12年12月の選挙で勝利することが確実視されていたことを背景に、12年秋から実質金利は確実に低下し、それが続いている。12年秋にはゼロを下回る程度だったものが、現在のマイナス1%以下にまで低下している。

 

 実質金利の低下によって、16年度(すでに統計が公表されている4~9月期の実績を倍にしたもの)の民間企業設備投資は12年度に比べて11・7%増となった(それ以前の4年間を見るために08年度と比べると12年度はマイナス3・8%)。円も12年秋の1ドル=80円以下と比べて13年には約100円、14年と15年には約120円となった。円安となれば企業の利益は拡大する。

 

 企業所得(国内総生産〈GDP〉ベース)は12年度の86兆円から15年度には99兆円となった。企業は利益が上がれば生産を増やし、雇用を増やす。14年の消費増税、15年末からの新興国を中心とした世界景気の変調によるマイナスのショックによって、QQEを開始してから、一貫して経済が改善したわけではないが、基調として回復は続いている。12年秋の日経平均株価は9000円を切っていたが、16年末の株価は1万9000円以上となった。実質GDPは12年度から16年度(4~9月期の倍)にかけて4・5%増加している(08年度に比べて12年度は2・4%しか増加していない)。

 

 こうした実質金利の低下の経済に与える効果を日本銀行のマクロ計量モデルで分析すると、需給ギャップを0・6~4・2%ポイント改善させたとしている(詳細は、日本銀行「『量的・質的金融緩和』導入以降の経済・物価動向と政策効果についての総括的な検証」16年9月21日)。需給ギャップの縮小は、生産拡大、失業率低下を意味する。

 

 雇用の改善は生産年齢人口(15~64歳人口)が減少しているからだという議論があるが、生産年齢人口がピークだったのは1995年のことで、それ以来、一貫して減少している。ところが、バブル崩壊後の90年代初期から大手金融機関が破綻した金融システム危機、ITバブル崩壊の00年代前半まで、さらにリーマン・ショック、東日本大震災があった09年から13年ごろまでは就職氷河期と言われた時代である(94年には「就職氷河期」という言葉が、新語・流行語大賞の審査員特選造語賞になっている)。

 

95年から現在まで、就職氷河期と言われなくなったのは小泉純一郎政権時代の量的金融緩和期と安倍政権時代の量的・質的金融緩和期だけである。失業率は生産年齢人口減少時代に上がり続け、02年8月には5・5%まで上昇したのに、QQEによって、今や3%を切る勢いである。

 

 ◇雇用も税収も改善

 

 そもそも、リフレ派とは、大胆な金融緩和政策によって予想物価上昇率を引き上げ、実質金利を引き下げて、日本経済をデフレから脱却させ、新たな成長軌道に乗せようという考え方に賛同する人々である。私は、すべての人々、日本銀行のスタッフも、政府で経済政策を担当しているスタッフも、そして国民のほとんどが、日本経済をデフレから脱却させ、新たな成長軌道に乗せたいと思っていると考える。

 

ついでに言えば、国際通貨基金(IMF)でも、「インフレ率がいまだ目標を下回り、需給ギャップが依然としてマイナスである先進国における金融政策は……引き続き緩和的であるべきである」とされている(第34回国際通貨金融委員会コミュニケ、2016年10月8日)。要するに、世界のほとんどの人々がリフレ派なのである。

 

 なぜほとんどの人がリフレ派になっているのかと言えば、QQEによって失業率が低下し、雇用が拡大し、賃金×雇用の雇用者所得が着実に伸びているからだ。

 

大学、高校の新卒の就職状況は大幅に改善している。就職氷河期と言われた時代に比べて様変わりである。労働力調査によると、QQEの開始直前の13年3月から16年11月までで、雇用者数は5485万人から5758万人へ、うち正社員は3255万人から3356万人に、それぞれ273万人、101万人増加している。非正規ばかりが増えているわけではない。

 

 雇用の改善は大都市だけのものではなく、全国に波及している。16年6月には、すべての県で有効求人倍率が1を超えた。もちろん、全国でも上昇し、16年11月には1・41となった。これは91年7月以来の高さである。

 

 景気が拡大すれば税収も増大するわけで、政府の財政赤字も急速に縮小している。12年度から16年度にかけて、税収は消費税増税分の6兆円を除いても9兆円増えている。財政再建派もリフレ派になって良いはずだ。

 

 所得から消費への波及は弱いままであるが、考えようによっては、人々は不足していた貯蓄を積み増すことができている。将来使うために今貯蓄しているのだから、どこかで支出は増えるだろう。それに、新しく改定されたGDP統計(国際基準「2008SNA」)では、消費税増税後の落ち込みから約0・8%(年率)増加しており、弱いながらも消費が回復していたことが分かった。

 

確かに、物価上昇率は2%の目標に届いていないが、雇用と所得から見れば量的・質的金融緩和は成功している。逆に言えば、実体経済の好転なしに物価だけが上がったのであれば、量的・質的金融緩和は大失敗と断罪されているだろう。

 

 ◇反リフレを主張する人々

 

 ところが、最近の論調を見ると、リフレ政策に反対する人々が多い。リフレ政策に反対する人々を考えてみると、低金利で収益が上がらない銀行、人手不足に悩む人々、今は大丈夫だがハイパーインフレのマグマがたまっていると考える人々、金融政策よりも成長戦略で経済を強くするべきだという人々くらいしか思いつかない。

 

これらの人々の主張について具体的に考えてみよう。

 

低金利で収益が上がらない、低金利はQQEのせいだと考える銀行が、QQEに反対するのは理解できる。しかし、長期的に考えれば、銀行は貸出先があって初めて利益を得られる。企業が貯蓄をため込んで投資をしないのは、デフレが長期にわたって続き、投資意欲を減退させているからでもある。デフレが終われば、企業は投資意欲を取り戻し、銀行からの借り入れ需要も増大する。すなわち、銀行の貸し出しも増大し、銀行の利益も上がるはずだ。

 

 人手不足で困っていると言うなら給料を上げてくれと私はいつもお願いしている。給料が上がれば、いずれ物価は上がるものである。確かに社長の立場で考えると、人手不足は困ったことである。しかし、仕事があるのに人が集まらないから人手不足なのである。社長の立場で考えても、仕事がないより良いではないか。働いている人の立場で考えれば、人手不足の方が良いに決まっている。そもそも、社長より、雇われている人の方が多いのだから、人手不足に貢献したリフレ政策に味方してくれる人がほとんどのはずだ。

 

 ◇“岩石理論”は誤り

 

 これ以上の金融緩和政策には副作用があるという議論もある。それは、今は物価が上がっていないのだが、いずれ、ある時、突然に、ハイパーインフレになる、金利が暴騰する、円が暴落するなど大変なことが起きる。だからこれ以上の緩和はすべきではないというのである。

 

 このような議論を、私は「岩石理論」と呼んでいる。岩石理論とは、坂に大きな岩があって、邪魔だから動かそうとすると動かないが、一度転がり出したら止まらない。だから岩は動かさない方が良いのだという議論である。金融緩和政策に話を戻すと、マネーを増やしても物価は上がらないが、ある閾(しきい)値を超えるとハイパーインフレになる。だから、マネーを増やさない方が良いという議論になる。

 

 確かに、1970年代にはほとんどの先進国で数十%のインフレが起きた。しかし、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの片岡剛士氏によると、そうなるまで、1年から1年半の時間がかかっている。金融を引き締める時間は十分にあったのにそうしなかったということだ。それに、そもそも2%インフレ目標とは、それを上にも下にも大きく違わないようにすることだから、ハイパーインフレになるはずはない(さまざまな岩石理論への詳細な反論は、原田泰ほか編著『アベノミクスは進化する─金融岩石理論を問う』中央経済社、2017年、にある)。

 

 ここでは、実体経済を良くするために、なんとか金利を下げようという発想で考えているが、そもそも自然利子率(実質の概念である)が低すぎるのが問題で、それを正さなければならないという議論もあり得る。日本経済の効率を高めて成長率を高くすることができれば、自然利子率も高まるから、金融政策でなんとか金利を下げなくても良くなる。そのためには構造改革が大事だという議論である。

 

 議論としては分かるが、ではどうやって、どのくらい成長率を高めることができるのかという具体論はあまりないようだ。具体性があるのはTPPへの参加ぐらいだ。これに伴う構造改革で、例えば10年かけて、日本のGDPのレベルが最大で2・6%高まるという(「TPP協定の経済効果分析」内閣官房、2015年12月24日)。2・6%はレベルで成長率ではないので、毎年の成長率は年に0・26%高くなるだけだ。それも米国が参加しないと言っているので難しい。

 

それに、本気で構造改革をするということは、人手を減らして効率化するということだ。リフレ政策で人手不足状態を作っておかないと大変なことになる。リフレ政策こそ、構造改革のために必要なものだ。

 

 リフレ政策とはデフレから脱却し、日本経済を活性化しようという政策である。あなたはデフレ派ですかと問われて、「はいそうです」と答える人はいないと思う。そういう意味では、いまやすべての人々がリフレ派である。 

(本稿はすべて個人の意見であり、日本銀行の意見ではない)

原田泰・日本銀行政策委員会審議委員

◇はらだ・ゆたか

 1950年生まれ。東京大学農学部農業経済学科卒業。経済学博士(学習院大学)。経済企画庁、大和総研専務理事チーフエコノミスト、早稲田大学政治経済学術院特任教授などを経て2015年3月から現職。著書に、『日本国の原則』など。

*『週刊エコノミスト』2017年1月24日号掲載

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