特集:徴税強化2017 2017年1月31日号

◇国税「国際戦略プラン」の本気

◇海外資産、富裕層がターゲット

 

国税が富裕層の資産・所得の捕捉を強化している。特に最近、力を入れているのが、海外での資産・所得隠しの把握だ。

 

 関東に住む60代の男性のもとに昨年12月、税務署から書類が届いた。封を開けると、「国外送金等に関するお尋ね」と記された文書。「税務署では、国外で得た所得があるか等を確認するために、国外送金等を行っている方にその送金の内容をお尋ねさせていただいております」──。

 

お尋ねの文書には、男性が11月、米国の金融機関に持つ米ドル建ての口座から日本の口座へ約300万円を送金した記録が示され、その資金の性格や海外の預金先、確定申告書の提出状況、国外での居住期間の有無などの回答欄がある。男性はかつて米国で勤務し、その時の給与などを米国の金融機関の口座に残したまま。自宅のリフォーム費用が必要になり、日本へ送金した取引だった。

 

国税がこうした取引を捕捉できるのは、100万円超の海外からの入金や海外への送金があった場合、国内の銀行に税務署へ「国外送金等調書」の提出を義務付けているからだ。ある税理士は、「ここ最近、国外送金等調書のお尋ねがめっきり増えた。国外送金等調書から日本の納税者が海外に持つ財産を把握しようとしているのだろう」と話す。

 

お尋ねの文書への回答は義務ではない。しかし、回答しなければ税務署から税務調査の対象としてマークされる可能性がぐっと高まる。

 

 ◇低調な「国外財産調書」

 

 日銀の「資金循環統計」によると、家計部門(個人)の海外投資(対外証券投資)は2014年、23・2兆円と過去最高となり、15年も20・0兆円と高水準を保っている。こうした動きと呼応するように、国外送金等調書の提出枚数も増え続けており、国税庁の14事務年度(14年7月~15年6月)で642万6000枚と、過去10年でほぼ倍増した。

 

 国外送金等調書に基づくお尋ねが増えた裏側には、低調な「国外財産調書」の提出件数もありそうだ。不動産や金融資産など海外に5000万円超の財産を持つ人は、14年から税務署へ国外財産調書の提出を義務付けられたが、初年度の13年分は5539件、15年分も8893件にとどまる。別の税理士は「ハワイの金融機関に口座を持つ日本人だけで7万人とも言われる。本来、国外財産調書の提出義務がある人の数に比べ、実際の提出件数はケタが二つ少ないのではないか」とみる。

 

 国外財産調書の導入2年目からは、調書の提出を意図的に怠ったり、虚偽の提出をしたりすれば、1年以下の懲役または50万円以下の罰金が科されることになった。それでも提出件数は低水準で推移しており、国税庁が業を煮やしたことは想像に難くない。国外送金等調書のお尋ねが増えたのは、海外との資金のやり取りから国外財産調書の未提出者をあぶり出そうという狙いがあるとみられる。

 

富裕層に対する税務調査は年々、厳しくなっている。

 

国税庁によれば、富裕層の申告漏れ所得は15事務年度、516億円と統計を取り始めた09事務年度以降で過去最高となった。また、このうち海外投資をしている富裕層の申告漏れ所得も15事務年度、168億円と3年連続で増加を続ける。

 

相続税の税務調査でも海外の資産に絡む調査件数は伸び続けており、あらゆる税目で海外資産の申告漏れがないか目を光らせている実情が浮かび上がる。

 

 ◇「富裕層PT」設置

 

 富裕層への調査が厳しくなったのは、国税側の体制の充実が成果を上げた側面も大きい。

 

国税庁は14年7月から、東京、大阪、名古屋国税局に「重点管理富裕層プロジェクトチーム」(富裕層PT)を設置。国際課税にも精通した「統括国税実査官(国際担当)」を中心に富裕層の情報収集を強化している。

 

気になるのは重点管理富裕層の基準だが、国税庁は「調査に支障が出る」ことなどを理由に明らかにしていない。ただ、保有資産が数億円以上といった形式的な基準だけでなく、国境をまたぐ節税策を取っていることなど実態に応じて重点管理富裕層に指定しているとみられる。国税庁は富裕層PTの取り組みに手応えを感じているようで、今年7月以降は福岡国税局など全国の国税局へ富裕層PTの設置を広げる方針だ。

 

 富裕層などに対する国際課税の強化に取り組んでいた矢先、国税庁に衝撃を与えたのが、昨年4月から公開が始まった「パナマ文書」だった。「国際調査報道ジャーナリスト連合」(ICIJ)が、パナマの法律事務所から流出した内部文書をもとに、世界各国の著名人や政治家、資産家らがタックスヘイブン(租税回避地)を利用していた実態を明らかにしたが、国税庁内で「公平・公正な課税に対し、国民からの不信感が高まりかねない」との危惧が高まったのだ。

 

 そこで、国税庁は昨年10月、富裕層などに対する国際課税の強化の取り組みや、今後の方針を取りまとめた「国際戦略トータルプラン」を初めて公表。タックスヘイブンに他人名義で設立した法人の実態を把握して課税した事例などもふんだんに盛り込み、富裕層などによる国際的な取引を通じた資産・所得隠しは見逃さないという本気を示した。

 

 ◇どうする? 柳井氏

 

 富裕層への国際課税の網は一段と絞られる。

 

昨年末に閣議決定された政府の2017年度税制改正大綱では、海外移住者の海外資産に対し相続税が非課税となる移住年数を「5年超」から「10年超」に延ばすほか、実体がない海外ペーパーカンパニーの所得に日本の税率を原則適用する「タックスヘイブン対策税制」も強化した。富裕層の相続税対策を手がけるファミリーオフィスコンサルティングの長嶋佳明税理士は「海外の資産管理会社を使った節税手法が封じ込まれる」と話す。

 

 海外に資産管理会社を持つ超富裕層として知られるのは、カジュアル衣料品店「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングの柳井正会長兼社長だろう。ファーストリテイリングは11年10月、筆頭株主の柳井氏が保有する531万株(議決権割合5・2%)をオランダの資産管理会社に譲渡したと発表した。オランダは海外からの投資を呼び込むため、一定の条件を満たせば外国子会社からの配当や株式譲渡益を非課税とする制度などを設けている。

 

 ファーストリテイリングの16年8月期の年間配当は1株当たり350円。保有株数を単純に掛け合わせれば、配当金の総額は年間約18億6000万円となる。長嶋氏は「柳井氏が個人で保有していれば、所得税・住民税の最高税率55%で課税され、約10億円の税が生じていたはず。オランダ法人に譲渡することで、こうした所得税が非課税となっている可能性がある」と指摘する。

 

 現行のタックスヘイブン対策税制では、法人税など租税負担割合20%未満の国にあるペーパーカンパニーは、日本の親会社や個人の所得に合算して日本で課税することになっている。しかし、租税負担割合20%以上の場合は現地で課税されるため、日本では課税できなかった。

 

今回の改正では、オランダのように租税負担割合20%以上の国であっても、事業実体がなくても得られる株式の配当や預金・債券の利子などの所得に対して日本で課税することにし、「オランダを狙い撃ちにした」(長嶋氏)形だ。

 

 富裕層に対して次々と迫る徴税強化。安易な租税回避策などは今後、通用しそうもない。

(桐山友一・編集部)

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週刊エコノミスト 2017年1月31日号

定価:620円

発売日:2017年1月23日


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