2017年

3月

21日

特集:為替2017 2017年3月21日号

◇ドル高と円高の狭間で揺れる市場

◇トランプリスクが為替相場かく乱

 

 為替市場参加者の「揺れる心理」がうかがえるデータがある。米シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)の円先物相場の取引の推移を見ると、2月28日現在でドルに対しての円のロング(買い)ポジション2万9012枚に対し、円のショート(売り)7万9029枚と、5万枚以上の売り越しだった。CMEの為替先物相場はヘッジファンドがあまり参加していないとはいえ、相場の動向をうかがう指標のひとつとされる。先行きをドル高・円安局面と予想する市場参加者が多いように見える。

 

 なるほど、昨年11月のトランプ氏の米大統領選勝利後、財政拡張政策や税制改革への期待からインフレ期待が高まり、ドル・円相場はドル高・円安へと動いた。これを受け、CMEの為替先物相場の円売りも16年12月20日、ピーク(13万9649枚)を付けた。しかし、2月28日現在の売りポジションは半分近くへと縮小した格好だ。FXプライム by GMOの柳澤浩チーフアナリストは「今は全体として円売りに傾いてはいるが、先行き円安と見る投機筋の予想がピーク時から弱まっていると考えることができる」と分析。「この相場観が、ドル・円のこう着ムードを作っている理由では」と話す。

◇ドル高局面、でも……

 

 足元のドル高要因は、トランプ大統領の財政・税制政策だけではない。米連邦準備制度理事会(FRB)が3月15日に開く米連邦公開市場委員会(FOMC)での利上げ観測が急激に上昇していることも大きい。きっかけは、2月末~3月上旬のFRB高官による相次ぐ前向き発言だ。

 

 さらに、イエレン議長が3月3日の講演で「今月の会合で雇用情勢と物価上昇率が想定通りか判断し、(その通りならば)一段の政策金利の調整が適切になるだろう」と発言し、3月15日の利上げ観測を一層高めた。これに対し、日本銀行は物価目標2%達成は見通せておらず、現在の量的・質的緩和による低金利政策が当面続きそうだ。日米の名目金利差は拡大する方向となっている。

 

 クレディ・アグリコル銀行の斎藤裕司外国為替部長は「心配されていたトランプ大統領の議会演説も無難に乗り切ったため、直近の政治リスクは遠のいた。今後、しばらくは、日米金利差というファンダメンタルズ(経済の基礎的諸条件)でドル・円相場が決まるのでは」との見立てから、今後3カ月は115~120円のドル高・円安を予想する。

 

 ドル高を呼び込んだ米長期金利の上昇は世界中から米国にマネーを呼び込み、米株高の演出にも一役買った。良好だった2月の米ISM製造業景況指数、上昇し続ける米株価指数──。では、今年は金利差というファンダメンタルズに沿って、ドル高・円安基調で決まりなのだろうか。

 

 本誌では、金融機関の為替担当者4人に、2017年中のドル・円相場予想を依頼した。この結果、年内99円の円高から130円のドル高まで、幅広い予想値が出た。金利差に注目してドル高と見る意見、トランプ大統領の政策や欧州の選挙などの政治リスクを懸念してドル安・円高と見る意見……。コンセンサスはできておらず、足元の為替相場の複雑さを物語る。

◇ドル安・円高要因が山積

 

 為替相場の一番のかく乱要因は、トランプ大統領だ。

 

 減税やインフラ投資などのドル高を誘発する政策を掲げる一方、中国を為替操作国と発言するなどドル安への口先介入とも取れる発言を行う。ニッセイ基礎研究所の井出真吾チーフ株式ストラテジストは「ドル安姿勢をほのめかすことでドル高の進行を中和し、長期的にはドル高、短期的にはドル安という相いれない二つの相場を実現しようとしている」と指摘する。トランプ大統領の矛盾こそが市場をかく乱させ、ドル高一直線を阻んでいる。

 

 実際、トランプ氏の側近で、国家通商会議(NTC)のナバロ委員長は3月6日、ワシントン市内の講演で「米国の貿易赤字は重大な問題」として、「日本のやっかいな非貿易障壁」を問題視すると、保護貿易主義からドル安の連想で、ドル売り・円買いが一時加速した。

 

 米国で保護貿易主義が台頭した1991~95年もドル安・円高が進んだ。当時はFRBがフェデラルファンド金利の誘導目標を引き上げ、日米金利差が拡大するドル高・円安局面だったが、相場は逆を進んだ。前出の井出真吾チーフ株式ストラテジストは、当時の相場と現在の類似性を挙げて「大統領就任前からトヨタ自動車を名指しで批判するなど、トランプ大統領の保護主義政策的な過激発言が市場に警戒感を呼び、ドル買いを抑制している」と指摘する。

 

 東短リサーチの加藤出チーフエコノミストはナバロ発言について、「米国では従来、為替に関する発言は財務長官が主導していた。しかし、トランプ政権の経済政策が固まっていない中、政権内のいろいろな人物から、さまざまな発言が出ていることも、為替市場のかく乱要因になっている」と、現在の市場環境の特異性を指摘する。

 

 そもそも根本的な問題として、トランプ政権の政策運営能力を疑問視する意見は根強い。議会演説でも打ち上げた「歴史的な税制改革」や「1兆ドルのインフラ投資」についても、なかなか具体策を打ち出せないでいる。また、具体案にこぎつけたとしても、与党共和党との関係が必ずしも円滑でない。議会承認が難航すれば、一気に期待が剥落して、ドル急落要因となりうる。

Bloomberg
Bloomberg

◇欧州政治イベントリスク

 

 欧州で目白押しの政治イベントも、為替のかく乱要因だ。

 

 中でも最も注目度が高く、為替市場に影響を与える可能性があるのが仏大統領選だ。仏大統領選で市場にインパクトを与える最悪のシナリオは、EU懐疑派の極右・国民戦線のマリーヌ・ルペン党首が大統領選に勝利した上で、さらに国民投票でEU離脱を決定するケースだ。仏のEU離脱はユーロ売り、ひいては急激な円高を招きかねない。市場は「決選投票ではルペン氏以外の候補が勝利」との見方が大勢で、最悪シナリオは回避されるとして、為替へのリスクを小さく見ている。

 

 だが、ポピュリズムが勃興する現在の選挙のリスクを過小評価すれば、市場の逆襲に遭う。昨年6月の英国EU離脱で、市場は「離脱はなし」と見ていたが、離脱決定後、ポンドが売り浴びせられたのは苦い教訓だ。

 

 みずほ証券の上野泰也チーフマーケットエコノミストは「市場関係者が動向を見誤るきっかけとなった反グローバリズムのうねりは今年も続く。仏大統領選やトランプ大統領の政権運営リスクを過小評価するのではなく、円高ファクターとして注視するべきだ」と注意を喚起。欧州リスクが高まればドル・円は110円割れの可能性も出ると見ている。

 

 トランプ大統領への期待感から金利高(債券安)・ドル高・株高のトリプル高となった米市場の好調さもリスクをはらむ。

 

 いったん株高が崩れると、株安→債券高→金利安→ドル安という強烈な巻き戻しの可能性がある。三菱東京UFJ銀行の鈴木敏之シニアマーケットエコノミスは「トリプル高が急速に進んだだけに、そのうち一つが下がれば、一気に崩れるとも限らない」とリスクシナリオを懸念する。FRBの早期の利上げの動きについても、「トランプ大統領の政策への期待が一気に崩れた場合に、金融緩和で対応できる余地を作るという側面もある」と指摘する。

 

 FRBが3月15日に利上げすれば、年内に複数回の利上げを市場は織り込む。日米金利差は拡大し、教科書通りならばドル高基調は維持されるはずだが、2017年の為替相場はあまりにも変動要因が多い。急騰急落をはらんだリスク相場が続く。

(種市房子、荒木宏香・編集部) 

週刊エコノミスト 2017年3月21日号

特別定価:670円

発売日:2017年3月13日


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