2017年

3月

21日

25%ドル高はらむ国境税 トランプと共和党の危険な綱引き

Bloomberg
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 ドナルド・トランプ米大統領と議会共和党が、法人税制改革を巡り対立している。トランプ大統領は、法人税率を現在の35%から15%へ大幅に引き下げ、米国企業が海外で生み出した利益については、米国に還流されたものとみなして10%課税する改革案を軸に検討しているのに対し、議会共和党の税制改革案は、主に輸出企業の税負担を軽減し、輸入企業に税負担を課す仕組みだ。

 

 この共和党の改革案が実現した場合、急激なドル高を引き起こす可能性があり、国際金融市場ではドル高に端を発した為替の大幅な変動リスクが懸念されている。

 

 米国ではこれまで、海外に比べて法人税率が高いことに加え、国内外で得た全ての所得に対して課税する全世界所得課税方式が採用されているため、高い税率を避けて低税率国に本社を移転する企業の動きや、企業が海外で得た利益が米国に還流しないなどの問題が指摘されてきた。こうした米国の法人税制が抱える問題に対する認識については両者とも一致しており、法人税率の引き下げなどでも一致している。

 

 議会共和党の税制改革案は、これまで問題視されてきた二重課税の発生を防ぐため全世界所得課税方式を廃止し、消費地で課税する仕向け地主義に変更することで、抜本的な税制改革を図ることが大きな目的だ。それに加え、原材料費や人件費を除いたキャッシュフローに対して一律20%課税するキャッシュフロー課税に転換し、減税を行うとしている。

 

 しかし、仕向け地主義への変更を実現するためには、消費地ごとに異なる税率を調整する(国境調整)必要がある。議会共和党は、世界的に活用されている付加価値税(VAT)ではなく、新たな仕組みとして国境調整税(BAT)の導入が不可欠だと考えている。これがいわゆる頻繁に報道されている「国境税」のことだ。

 

 BATでは、輸出品については課税ベースからその金額が控除される一方、輸入品については控除の対象とならないため、輸入品を販売する企業は税金が課される。また、課税ベースの計算では人件費が控除されるため、売り上げに占める輸出比率が高い企業や労働コストの高い企業で税負担が少なく、輸入比率が高い企業で税負担が多くなる。

 

 ◇新興国にも波及

 

 しかし、BATは世界的にこれまで導入例がなく、さまざまな問題が指摘されている。特に、国内物価の上昇とドル高が誘発されることによる為替への影響が懸念される。

 

 BATは輸入品に対して20%の関税をかけるのと同様の経済効果があるため、輸入物価の上昇を通じて国内物価が上昇するリスクが高い。また、輸出品が免税されることから、輸入品に対する需要が低下する一方、輸出品に対する需要が高まる結果、ドルの需要が増えるためドル高となることが見込まれる。

 

 ハーバード大学教授でBATを支持する経済学者のマーティン・フェルドシュタイン氏は、1月5日の『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙への寄稿で、BATを導入した場合、経済学の世界で一般的な大国開放経済モデルを基に25%の急激なドル高が進むとの見方を示した。

 

 ただ、同氏は、物価上昇のリスクについては、国内物価とドル高は、ドル高が進めば輸入物価の下落を通じて国内物価の上昇が抑制される「トレードオフ」の関係であることから、BAT導入と同時に国内物価が上昇しても、ドルが25%急激に上昇することで相殺されるため、物価の影響は調整されると主張している。

 

 しかし、仮に足元の水準からドルが25%上昇すれば、1985年に付けた最高値に近い水準までドルが上昇することになる。

 一般的にドル高は、米国内の投資家が保有する、ドル換算した日本国債などの外貨建て資産の価値を目減りさせる一方で、海外投資家が保有する、ドル以外の自国通貨に換算した米国債などのドル建て資産の価値を上昇させる。そのため、急激なドル高となった場合、米国内の投資家から海外投資家への急激な所得移転が起こるため、資本市場は混乱に陥ることが予想される。

 

 また、急激なドル高は新興国の債務問題を再燃させるリスクもある。新興国のドル建て債務は、ドル高によって自国通貨で換算した際の残高が増加してしまう。

 

 米コロンビア大学のマイケル・グレーツ教授は、25%のドル高によって中国の政府と非金融機関を合わせた債務残高は国内総生産(GDP)比で30%以上増加するとしたほか、ブラジルやインドなども10%以上増加すると警告している。仮に新興国の債務問題が再燃し、世界的な金融危機に波及すれば、世界経済に及ぼす影響は甚大だ。

 

 このほかにも、課税する際の人件費控除の適用において、輸入品と国産品の税制上の扱いが異なってしまうことや、輸出時に輸出分の法人税が還付される仕組みが輸出補助金とみなされる可能性あることなどが、世界貿易機関(WTO)の規約に抵触するとの問題も指摘されている。

 

 ◇物価上昇も不可避

 

 もっとも、BAT導入に伴うドル相場への影響については、経済学者の間でも見解は分かれている。

 

 米シンクタンクであるピーターソン国際経済研究所のアダム・ポーゼン所長は、ドルが上昇することについては同意しているものの、ドル高のスピードは緩慢で25%まで上昇しないとし、BAT導入前後で物価の上昇を補うほどのドルの上昇が見込めないため、国内物価の上昇は避けられないとの見解を示している。このため、同所長は、国内物価の上昇が実質購買力の低下を通じて低所得層に大きな影響を及ぼし、米国内の所得格差が一層拡大する要因になると指摘し、BATの導入には明確に反対を表明している。

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 ポール・ライアン下院議長を中心とした議会共和党は、BATの導入がさまざまな物議を醸していることを認識した上で、法人税制が抱える問題の抜本的な解決のためには、国境調整の仕組みとしてのBAT導入が不可欠と考えているようだ。その一方で、BAT導入に伴う税負担の増加が大きい米大手小売業界はトランプ大統領に反対の意向を直訴したほか、国内物価が上昇する場合の消費への影響に対する懸念もあり、トランプ政権の一部閣僚はBAT導入に反対の意向を示している。

 

 2月28日のトランプ政権誕生後初の施政方針演説では、こうした論争的な国境調整税に対してトランプ大統領がどのような姿勢をみせるのか注目されたが、具体的な改革の内容には触れず、法人税率の引き下げのみの言及にとどまったことから、現段階での議会共和党の原案通りにBATが導入される可能性は低いとみられる。今後の法人税制改革の方向性は現時点で不透明だが、最大25%という急激なドル高の懸念があるBATの導入は、為替相場のリスク要因として、今後もしばらくは目が離せない状況が続くだろう。

 

(窪谷浩・ニッセイ基礎研究所主任研究員)

*週刊エコノミスト2017年3月21日号 「為替2017」掲載

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