2017年

4月

11日

笑う北朝鮮 崩壊論のウソ 憲法を超える「首領唯一体制」 国民相互監視の“王朝”

北朝鮮の「暴走」が止まらない。

 

 昨年から核実験や弾道ミサイルの発射実験を繰り返し、米本土を射程に入れた大陸間弾道ミサイル(ICBM)の開発も進めている。今年に入ってからも、2月12日、3月6日と立て続けに弾道ミサイルを発射。3月19日にはICBM向けと見られる新型の高出力ロケットエンジンの燃焼実験を成功させた。

 

 2月に起きた金正恩(キムジョンウン)委員長の異母兄で金正日(キムジョンイル)総書記の長男、金正男(キムジョンナム)氏の殺害事件は、北朝鮮の行動が予測不可能なことを改めて印象づけた。

 

 こうした北朝鮮の振る舞いに対し、経済制裁の強化や関連施設への限定空爆の可能性も取りざたされるようになった。2月にはこれまで北朝鮮に対して比較的寛容と見られてきた中国が年末まで北朝鮮からの石炭輸入を全面停止すると発表。国際社会での孤立感はより深まっている。

 

 北朝鮮はこれまで幾度も危機に見舞われてきた。1980年代後半から90年代初頭にかけて東欧や旧ソ連など社会主義政権が倒れ、東西冷戦時代が幕を下ろすと、92年には中国と韓国が国交を樹立。国際社会での後ろ盾をなくす中、金日成(キムイルソン)主席が94年に死去し、後継体制の確立に悩んでいるところへ餓死者数百万人と言われる深刻な飢饉(ききん)に襲われた。

 

 危機が訪れるたび体制崩壊の可能性が指摘された。しかし実際には48年の建国以来、体制を維持し続けている。なぜか。金日成主席と、その後を継いだ金正日総書記が築いた強固な統治システムが今なお有効に機能しているためだ。

 

 北朝鮮の統治システムを一言で言い表すなら、正恩氏を首領とする「首領唯一体制」だ。憲法が国の「最高領導者」と定めた国務委員会委員長の座にある正恩氏一人を、党をはじめすべての組織、住民が支える事実上の独裁体制だ。

 

 形式的には社会主義国家の体裁を取ってはいる。だが実質的には、皇帝や王のためにすべてが機能する王政や王朝の統治機構に近い。

 

 例えば、北朝鮮には国会にあたる1院制の「最高人民会議」が置かれているが、議員にあたる代議員は2014年3月の選挙で687人の立候補者全員が当選した。投票率もほぼ100%だ。選挙は民主主義の体裁を取るために形式的に行っているにすぎない。会議も年1回しか開かれず、正恩氏の決定を追認し、お墨付きを与えるだけだ。最高人民会議トップである常任委員長も、対外的に各国の国家元首と会見したり大使や使節を信任したりするためのポストにすぎない。

 

 憲法をはじめとした数々の法律や規制も、この統治システムを維持するために整備されたものだ。北朝鮮には、国の統治システムを定めるはずの憲法よりも上位の規範も存在する。「党の唯一的領導体系確立の10大原則」(10大原則)と呼ぶものだ。

 

 10大原則は、もともと正日氏が国民に対して日成氏の教示を絶対的・無条件的に受け入れるようにするため74年に策定した。正日氏の死去後、正恩氏が13年に修正・厳格化した。

 

 金日成主席と金正日総書記の遺訓や朝鮮労働党の路線、方針、指示こそが国民の守るべき法律であり、至上命令であると定めている。憲法では、北朝鮮は「朝鮮労働党の領導の下にすべての活動を行う」と明記し、朝鮮労働党の国家に対する優位性を明確に規定している。党が定めたこの10大原則が、憲法よりも上位の概念として位置付けられていることになる。

 

 10大原則や党規約は金日成、金正日の遺訓のほか、正恩氏の指導やお言葉など「領導」に従うよう求めており、北朝鮮のすべての国民の思考方式や行動様式を規定する、より身近で重要性の高い文書なのだ。

 

 金正恩氏が血統を重んじるのも、3代にわたる「世襲」を行ったのも、この国が「首領唯一体制」で支えられてきたからだ。本来、41年2月16日にロシア極東部のハバロフスク近郊で生まれたはずの正日氏が、公式的には42年2月16日に朝鮮半島北部の白頭山(ペクトゥサン)で生まれたとされるなど、出生のエピソードさえ偽ることもいとわない。

 

 ◇党・軍・秘密警察の忠誠競争

 

 この統治システムを機能させるうえで重要な役割を果たしているのが、朝鮮労働党、秘密警察(国家保衛省)、朝鮮人民軍の三つの組織だ。

 

 なかでも朝鮮労働党が主要な役割を果たす。党には北朝鮮の人口の8分の1にあたる300万人が加盟する。党中央委員会を頂点として、直轄市・道党委員会、市・郡・区域党委員会、洞・里初級党委員会、そして末端の党細胞まで、縦方向に連なる命令系統が整備されている。

 

 党細胞は国家機関をはじめ、自治体や企業所(国営企業)、協同農場などの産業現場のほか、軍部隊や社会団体、住居地に至るまで、31人以下の細かな組織の一つひとつに置かれ、国民を監視・指導する。31人超の組織には初級党委員会を置くこととされている。

 

 人体に張り巡らされた神経や血管のように、すみずみまで命令系統が行き届き、指導者の意図や意思が伝えられる仕組みだ。

 

 平等を是とする社会主義国家の北朝鮮だが、過去に両親や祖母が何をしていたかの「出身成分」によって、国家への忠実度の高い順に「核心階層」「動揺階層」「敵対階層」の三つの階層に分けられる。所属する階層は、朝鮮労働党への入党や就職時の参考とされるなど一生ついてまわる。

 

 また、乳幼児以外はすべての人がいずれかの組織に所属し、その組織に統制される。職業によって規定される身分は「社会成分」と呼ぶ。各組織では党員から日々指導を受けるだけでなく、国民同士も学習や自己批判、相互批判の場で互いに監視し合っている。指導に背けば、親や子供、親戚まで罰せられる「連座制」が用意されており、国民が反体制的な行動に走る歯止めになっている。

 

 秘密警察にあたる国家保衛省は、企業所や自治体に情報員を派遣し、政治犯を取り締まる。正恩氏の直轄組織で、やはり下部組織から上部組織まで報告が上がる体制を整えている。政治犯は「管理所」と呼ばれる強制収容施設に送られ、人権を無視した厳しい扱いを受ける。

 

 軍も、軍最高司令官につながる正規の「軍事線」、党国防委員長に連なる「行政線」、党中央委員会第1書記を頂点とした「政治線」の三つのラインが設けられており、それぞれのラインを通じてトップに報告が上がる仕組みを備えている。特に、軍の指揮官にあたるポストにはそれぞれ並列した立場に「政治将校」が置かれ、党員が軍の指揮官を日常的に監視する。実際には、党が軍を動かしていると言えよう。

 

 党、秘密警察、軍の三つの組織は党本部に直接つながる指揮・命令系統を有しているため、日常的に互いに監視し合う「忠誠競争」を繰り広げている。最高指導者である正恩氏以外は、たとえ統制上の階級(社会主義国家では「軍事称号」と呼ぶ)がよくても、監視や統制の対象になっているということだ。仮にクーデターや反政府行動を起こそうとしても、その芽は事前に摘まれてしまうことだろう。

 

 これら組織に「活力」を吹き込むのが、党員や国民の思想教育を担当する党中央の「宣伝扇動部」である。党や軍、政府の機関紙や、テレビやラジオの国営放送局、映画、演劇などを通じて、指導者や党について国民にいいイメージを植え付けたり、カリスマ性を持たせたりするための偶像化作業や思想教育、洗脳工作を行っている。

 

 さらに、国民の多くは海外につながるインターネットを使えないなど、海外の情報とも遮断されている。携帯電話加入者が15年に300万件を超えたとはいえ、やはり国際通話は制限されている。情報の「鉄のカーテン」は、どこの国よりも固い。

 

 北朝鮮国民は、上位者の命令に比較的従順な国民性を有するといわれることもあるが、国民に従順でないことを許さないこうした統治システムが、国民の性格や行動を規定した面もあるだろう。

 

 ◇脅威なら肉親も排除

 

 2月に起きた金正男氏の暗殺事件については、さまざまな理由が取りざたされている。本質的には、正男氏が正恩政権の権威なり統治システムなりを脅かす存在に映ったことが最大の理由だと考える。

 

 北朝鮮の統治システムの究極の目的は体制維持だ。北朝鮮の権力は、国家建設や国民の福祉のためではなく、国民を監視し、国民を道具として使うためのものである。その意味で、正男氏の存在が正恩氏の「唯一体制」を脅かすものとして捉えられれば、血を分けた兄弟であっても、排除の対象となる。

 

 市場の存在を一部黙認せざるを得なくなった経済など、制度のきしみも見えつつあるが、現時点ではシステムが崩壊すると言えるだけの十分な根拠は見当たらない。当面、正恩体制は護持されるだろう。

(李相哲・龍谷大学教授)