東芝決算に「限定付き適正」 押し切られた監査法人 市場の信頼性損なう

東芝は8月10日、2017年3月期の有価証券報告書(有報)について、PwCあらた監査法人から「限定付適正意見」を得たと発表した。両者はこれまで監査内容を巡って、激しく対立していた。PwCあらたは、決算の財務面についてほぼ正しいと認める一方で、東芝の内部統制については別途「不適正意見」をつける異例の対応をとった。

 

東芝の綱川智社長は会見で「当社の決算は正常化したとものと考えております」と述べ、投資家にとって重要な判断材料となる有報の存在意義が揺らぎかねない両者の争いはいったん沈静化する。

 

だが、玉虫色の決着は、大きく損なわれた日本の資本市場の透明性と信頼性の回復につながるものではない。

東芝の発表によると、17年3月期連結決算の最終(当期)損益は9656億円の赤字(前期は4600億円の赤字)。返済が不要な資金「株主資本」は5529億円のマイナスで、債務超過となった。東芝が6月に自主的に公表した数字とほぼ同じで、追認された形だ。

監査法人と手打ち

 激しく対立してきた東芝とPwCあらたの溝は、最後の最後に突然、埋まった。


 争点となっていたのは、東芝が06年に買収し、17年に経営破綻した子会社の米原子炉メーカー、ウェスチングハウス(WH)の原発建設プロジェクトの遅延に伴う損失を認識した時期だった。

 

 東芝はWHから「16年12月に初めて報告を受けた」として、16年4~12月期に7166億円の関連損失を計上した。しかし、PwCあらたは「15年度決算で東芝は損失を認識できた」として、15年度決算の修正を求める立場をとった。

 

 これに対し東芝は強く反発。PwCあらたも適正意見をつけないため、16年4~12月期連結決算の発表は2度延期となった。そこで、東芝は4月11日、PwCあらたが監査に必要な証拠が得られない場合などに出す「意見不表明」との見解のまま、決算発表を強行する異例の展開をとった。

 会計処理の原則は「発生主義」だ。損失は発覚時期ではなく、認識した時期に計上するルール。巨額損失の原因となったWHによる米原発建設会社のCB&Iストーン・アンド・ウェブスター(S&W)の買収は15年12月で、WHが東芝に損失を報告したのは16年12月だ。東芝はこの時系列から、損失の認識時期を17年3月期と主張する。一方、PwCあらたは16年3月期までに知り得たと反論した。

 

 そもそもWHとS&Wは原発建設費用を巡って訴訟を繰り返しており、WHによるS&Wの買収はその解決策のひとつだった。無償で買収し、1年後に企業価値を確定する枠組みや、その後の企業価値減損を巡るWHと、S&Wの親会社CB&Iの訴訟を踏まえると、PwCあらたの疑念も根拠のないものではない。

 

 しかし、東芝側は「損失を隠したわけではなく、17年3月期に計上していることから、『不適正』は行き過ぎ」との立場をとり続けた。綱川社長は記者会見などで「協調して手続きを完了したい」と監査法人の変更の考えがないことを示していた。PwCあらた側は「いまだに企業統治がなっていない。決算修正を認めないのは保身」(PwCあらた関係者)と、こちらも譲らない。このため、5月には東芝が監査法人交代を模索し、PwCあらたが反発する場面もあるなど、膠着状態が続いていた。

 

 PwCあらたが不適正意見を出しても、東芝は即座に上場廃止されるわけではない。ただ、げたを預けられる東京証券取引所は苦しい判断を迫られる。上場廃止となれば、メガバンクを中心とする金融機関の債務者区分変更や支援継続判断に影響が出るのは避けられない。「アベノミクスの下で、誰でも知っている有名企業の破綻は認めないと官邸は考えている」(与党国会議員)ことから、PwCあらたへの無言の圧力は強まっていた。

 

 また、16年3月期は前任の新日本監査法人が担当していることから、「過去にさかのぼって決算を下方修正することを強硬に主張するのではなく、『以前の決算には関知しない』との趣旨で、限定付き適正意見を出しても問題ない」(会計関係者)との意見が有力になったという。

 

 PwCあらたは、WHがS&W買収に伴う工事損失引当金を暫定的に見積もりをする際に、▽工事原価は当初の見積もりを大幅に超過していた▽工事の生産性低下やスケジュールの遅れによるコスト増加――などを反映しておらず、「6522億円のうち相当程度ないしはすべての金額を16年3月期に計上する必要があった」と指摘。しかし、それを除けば、現在の財務状況など決算の内容は妥当だとする「限定付適正意見」をつけた。

 

 東芝は16年3月、キヤノンに医療機器子会社「東芝メディカルシステムズ」を売却した。その売却益3800億円を16年3月期に計上することで、何とか債務超過を乗り切った経緯がある。PwCあらたの主張通りにS&Wの損失を16年3月期決算に反映させると、東芝メディカルを売却しても債務超過に陥っていた可能性が高い。東芝は債務超過回避を最優先していたのは間違いない。PwCあらたの主張を裏返せば、東芝が債務超過を避けるため、S&Wの損失の認識時期を後ろにずらしたという意味にもなる。不正会計を頑として認めない東芝が、PwCあらたの主張に対し、譲れない理由もそこにある。

 

 一方、不正会計などを防ぐ仕組みが整っているかを評価する「内部統制報告書」については、「暫定的な見積もりを再評価し、損失の認識時期が妥当かどうか検証する内部統制が適切に運用されていない」として、「不適正」と判断した。綱川社長は「S&W買収は総合的に正しい判断だった」と述べ、PwCあらたのこの判断に対しても否定的な態度をとる。

 

 だが、S&W買収に伴う損失が原因で、東芝は債務超過に陥った。損失時期がいつであろうと、買収時の判断に問題があったのは明らかだ。会見でこの点を突かれた綱川社長は「もう少しデューデリ(資産査定)すべきで、リスク分析が足りなかった」と述べ、「正しかった」と主張する判断に問題があったことを事実上認めた。

 

 実際、PwCあらたが、S&W買収に関して東芝の社外取締役から事情を聞いたところ、「関連資料を提示されたことはない」と口をそろえたという。社外取が形骸化しているのか、経営側が情報統制しているのか、いずれにしても東芝の内部統制に問題があるとの見解は、PwCあらたにとって譲れない線だった。

 

 東芝は8月10日、関東財務局に有報を提出したことで、上場廃止リスクのひとつはひとまず回避した。しかし会計関係者の間では「監査での巨額報酬を『えさ』に、PwCあらたが押し切られた」との見方が根強い。記者会見で「PwCあらたと手打ちをしたのか」と問われた東芝の平田政善・最高財務責任者は「まったく手打ちではない。認識時期についての見解の相違だ」と否定した。

進まないメモリ売却

 東証は現在、不正会計を受けて上場廃止審査を実施している。東芝が提出した財務書類に基づき、決算の発表を待たずに3月末時点で債務超過だったと東証は判断し、8月1日の2部降格を決めた。ただ、18年3月末までに債務超過を解消できなければ、東証の上場廃止基準に該当する「2期連続の債務超過」となる。また、内部統制の問題が改善されないと判断すれば、東証が上場廃止する可能性は残る。


 東芝は今後、分社化した半導体子会社「東芝メモリ」の17年度内売却を急ぐ。売却は2年連続の債務超過を解消して上場廃止を回避するための「最低条件」だからだ。しかし、半導体メモリー事業の協業先の米半導体大手ウエスタン・デジタル(WD)と「訴訟合戦」で先行きが見通せず、年度内の契約完了が日に日に難しくなっている。

 

 東芝は各種訴訟の結論を待たず、官民ファンドの産業革新機構、米投資ファンドのベインキャピタル、韓国の半導体大手SKハイニックスによる「日米韓連合」を優先交渉先として進めている。東芝は「6月28日の株主総会までに締結したい」(綱川社長)との考えを示していた。それがいまだに正式な売却契約に至っていないのは、仲裁裁でWDの主張が認められれば、その時点で売却が完了していても「無効」となる可能性があるなど、リスクが懸念されているためだ。

 

 17年度内に売却を完了するためには、来年3月までに売却契約を結んだうえ、各国の独占禁止法審査をクリアする必要がある。審査には半年以上かかるとされ、すでに一刻の猶予もない。

 

 東芝が8月10日に発表した17年4~6月期決算は、「メモリー事業が大幅に増収となった」とし、営業損益は第1四半期としては過去最高となる966億円の黒字(前年同期比803億円増)と大幅増益となった。18年3月期の通期見通しは、売上高4兆9700億円、営業損益4300億円。最終損益は2300億円で、14年3月期以来の黒字転換となりそう。

 

 実に売上げの4割近く、営業利益のほとんどを生み出しているのが半導体メモリー事業だ。好調な事業を売却してまで、債務超過を解消し、上場維持する理由について、綱川社長は「株主や投資家に迷惑を掛けないことが基本だ。市場の混乱を考慮した」と説明した。


 だが、東芝がいったん上場廃止になれば、債務超過をすぐに解消する必要はなくなり、難航する売却交渉の時間的制約もなくなる。また、売却という選択肢そのものの見直しも可能で、稼ぎ頭を残しての経営再建の道も模索できる。現在の縮小均衡路線は、銀行の債権保全や、国策として原子力事業を後押ししてきた政権への批判を避けたい官邸の思惑、不正会計や内部統制の問題から目をそらす経営陣の保身による場当たりなものに過ぎない。

 

玉虫色の決着で有報の提出を乗り切った東芝はまたも、経営の抜本的な改革の機会を逃したと言える。
(後藤逸郎/酒井雅浩・編集部)