特集:爆速イノベーション中国の技術 2018年3月20日号

自動運転の「アポロ計画」

 

バイドゥ主導で世界覇権へ

 

田中道昭(立教大学ビジネススクール教授)

「人工知能(AI)が運転手」となる自動運転の世界において、「中国AIの王者」とも呼ばれている同国検索最大手企業の百度(バイドゥ)が、世界最大最強の自動運転基盤(プラットフォーム)を構築しようともくろんでいる。その名も「アポロ計画」。米航空宇宙局(NASA)が取り組んだ有人月面着陸計画と同名だ。中国政府から「AI×自動運転」の国策事業としての委託も受け、勢力を急速に拡大中だ。

 
 バイドゥは「中国のグーグル」とも呼ばれ、「バイドゥ検索」「バイドゥ地図」「バイドゥ翻訳」などを相次いで事業化し、阿里巴巴集団(アリババグループ)、テンセントとともに、中国3大IT企業「BAT」の一角を占めてきた。ただ、同社は近年スマートフォンへの対応に出遅れ、2社からは売り上げ・時価総額ともに後塵を拝してきた。そのバイドゥが起死回生を期して勝負をかけているのが自動運転領域も含めたAI事業なのである。

 

◇米独勢巻き込み

 

 

 バイドゥは、BATの他2社に先行して14年に米シリコンバレーにAI研究所を設立した。短期間で10万人のAI開発者を育成することを宣言し、実際に同社AI事業のプラットフォームである「百度大脳」、本稿で紹介するアポロ計画、音声AIアシスタント「デュアーOS」プロジェクト(22ページコラム参照)などを推進してきている。

 

 17年1月には米マイクロソフト取締役だった陸奇(ルーチー)氏を招へい、バイドゥ全体の最高執行責任者(COO)及びバイドゥ自動運転ユニット責任者に任命している。陸奇氏は今年1月に米・ラスベガスで開催された世界最大級の家電見本市「CES2018」で、「中国やバイドゥのAI技術はすでに米国勢のレベルを凌駕(りょうが)している」と強気の発言を行い、話題を呼んだ。

アポロ計画のコンセプト車はCESでも注目の的だった(筆者撮影)
アポロ計画のコンセプト車はCESでも注目の的だった(筆者撮影)

 


 アポロ計画が世界最大・最強の自動運転プラットフォームになる可能性があると評価されているのは、まず参加している企業数とその顔ぶれからである。当初から中国の主要完成車メーカーはもとより、独ダイムラー、米フォードなどの完成車メーカー、独ボッシュやコンチネンタルなどのメガサプライヤー、さらには自動運転の心臓部を握るとされるAI用半導体メーカーとしての米エヌビディアやインテルなど50社が名を連ねた。発足から半年で参加社は中国内外の約1700社に膨れ上がったと言われる。一方で、日本勢はパイオニア等に参加が限られ、「中米独連合」という政治色の強いプラットフォームになるとも目されている。


 内容について目を見張るのが、自動運転事業における横軸の事業領域(認知→判断→制御)の各段階で、縦軸の事業領域(車両レファレンス・ハード・ソフト・クラウド)の各層の技術を集結して開発を進めていることである。重要部分で縦軸を通す体制によって、世界最強の布陣で開発を進めているのだ(図)。ちなみに、車両レファレンスとは、バイドゥ独特の言い回しで、車両の動力系統を電子制御する階層を指す。


 重要部分の一例を挙げたい。次世代自動車産業の車載OS(基本ソフト)になると期待されている車載コンピューティングユニットにおいては、バイドゥ×米エヌビディア×独ZFの3社提携による開発推進がCESで発表された。まさに自動運転技術の心臓部における最強の「AI企業×AI用半導体×メガサプライヤー」の組み合わせという「中米独連合」の布陣である。

 

◇三次元地図で強み

 

 バイドゥとグーグルは、検索や翻訳という点で事業構造が類似していることは先述したが、自動運転においても類似点がある。グーグルのサンダー・ピチャイ最高経営責任者(CEO)は「モバイルファーストからAIファーストへのシフト」を宣言するのとともに、2016年12月には、研究開発子会社「グーグルX」の開発段階を終了させ、別の子会社「ウェイモ」で自動運転車の事業化に向けて再起動すると発表した。バイドゥが自動運転の技術開発に本腰を入れた時機とほぼ同じだ。

 

 高精度三次元地図(以下、三次元地図)に強い点も共通だ。三次元地図は、完全自動運転のデジタルインフラと称される。この分野で世界的に優れていると言われるのが、米国ではグーグル、欧州ではHERE(ヒア)、そして中国ではバイドゥだ。

 

 車線が消えていることも少なくない一般道路で完全自動運転を実現するためには、カメラからの画像データだけでは不十分とされる。三次元地図では、周囲の障害物の形状を把握するセンシング部品「ライダー」からのリアルタイム情報と、車の現在位置を照合し、クラウド上で車線や道路標識を忠実に再現する。バイドゥは、「バイドゥ地図」での知見、データビジネスで蓄積したビッグデータ、自動運転での知見をかけあわせて、三次元地図においても覇権を握ろうと企んでいるのだ。

 

 バイドゥのアポロ計画が短期間のうちに急速にその勢力を拡大しているのは、中国政府の強力な支援も大きい。国家産業政策における「自動車産業×AI産業」育成政策を体現したものの一つが、バイドゥが国家から委託されている「AI×自動運転」事業なのである。

 

 ◇引き離される日本勢

 

 次世代自動車産業の覇権をめぐる戦いにおいては、アリババやテンセントも独自の動きを鮮明にしている。中国最大のライドシェア会社である滴滴出行(ディディチューシン)も完全自動運転車を最終目標の一つに考えているようだ。こうした厳しい競争環境が、バイドゥに競争力を付けている点も見逃せない。

 

 「中米独」を中心とする強力なメンバー、中国政府の強力な支援、自社での「ビッグデータ×AI」分野での強み、そして中国内での熾烈(しれつ)な競争環境から生み出される競争力。自動運転では、レベル2(減加速、ハンドル操作の両方を支援)から始めて徐々にレベル4(一定の条件下ですべての操作を自動で行い、ドライバーは関与しない)に上げようとしている日本に対して、最初からレベル4に挑んできた海外勢の間で明暗が分かれつつある。グローバルな次世代自動車産業における最大最強の自動運転プラットフォーム候補として、今後もアポロ計画から目が離せそうにない。

週刊エコノミスト2018年3月20日号