第50回 福島後の未来:津波の危険を見過ごした原子力行政の変わらぬ本質=鎮目宰司

◇しずめ・さいじ  1973年生まれ、千葉県出身。96年立教大学卒、共同通信入社。佐賀支局などを経て2004年に科学部。原子力や地震防災、福島事故をめぐる訴訟の取材を担当する。15~16年に『科学』(岩波書店)で「漂流する責任:原子力発電をめぐる力学を追う」を連載。
◇しずめ・さいじ  1973年生まれ、千葉県出身。96年立教大学卒、共同通信入社。佐賀支局などを経て2004年に科学部。原子力や地震防災、福島事故をめぐる訴訟の取材を担当する。15~16年に『科学』(岩波書店)で「漂流する責任:原子力発電をめぐる力学を追う」を連載。

鎮目宰司(共同通信科学部記者)

 

日本の原子力規制行政は、東京電力福島第1原発事故の本質を正面から反省し、教訓としようと真剣に考えているのだろうか。

 

 事故前から大津波の危険は各方面で指摘されていた。原子力安全・保安院も東電も認識してはいたが、対策には踏み切らなかった。規制当局が電力会社の不利益になるような判断をするには、裁判で争っても負けないだけの確証を必要とした。

 

 事故後、保安院などを解体して発足した原子力規制委員会に、国民は「安全以外の何も優先しない」姿勢を貫くことを期待した。だが、本質的な問題点は解消しきってはいないように思える。事故やトラブルが起きると、慌てて傷口にばんそうこうを貼るような弥縫策(びほうさく)を繰り返すという不幸な歴史の延長上にある。

福島第1原発に向かって来襲し、高さ10メートルの堤防を乗り越えた津波。5号機南側ののり面から東京電力社員が撮影した=2011年3月11日午後撮影(東電提供)
福島第1原発に向かって来襲し、高さ10メートルの堤防を乗り越えた津波。5号機南側ののり面から東京電力社員が撮影した=2011年3月11日午後撮影(東電提供)

 

 2011年3月11日、福島第1原発を襲った大津波は原子炉建屋がある海抜10メートルの敷地を上回り、原子炉の冷却機能が失われ事故に至った。だが、地震学者らは大津波の危険性を指摘していた。

 

 02年、政府の地震調査委員会は東北地方の太平洋岸全域で巨大な津波が起こりうるとの「長期評価」を公表。04年スマトラ沖地震で巨大津波が発生し、日本でも、平安時代の869年に現在の宮城県などを襲った大津波「貞観(じょうがん)津波」の調査研究が急速に進んでいった。

 

 貞観津波の痕跡は福島県内でも見つかっていたが、原発を停止して防潮堤を築くなどの対策に踏み切るには相当の覚悟がいる。東電は株主から、保安院は東電から、訴訟を起こされたとしても耐えられるような強力な根拠が必要だった。

 

 規制側は常に電力会社から訴訟を提起されるリスクを念頭に置いている。電力会社の不利益につながる判断をするには、裁判で争っても負けないだけの理論武装が必要となる。それには、学界の誰もが認めるような成熟(定説化)した知見を用いて審査するのが無難だ。「一部の学説にすぎない」と反論されないだけの権威が、行政組織と官僚の「安全」を守るためには必要なのだ。

 

 大津波の危険を疑わせる証拠は整い始めていたが、原発の安全を最優先して経済的な、あるいは政治的なリスクを冒すまでには至らなかった。それが福島事故を防げなかった主因ではないか。

 

 ◇後退する証言

 

 事故後、規制行政は「なぜ事故を防げなかったのか」という本質を正面から反省しようとしているのか。

 

 6月末、原発事故の刑事責任を追及する公判が始まった。東電の経営陣だった3人が業務上過失致死傷罪で強制起訴されたが、国側の関係者は全員不起訴となった。一方、現在係争中の福島事故をめぐる民事訴訟では、「勝てばいい」との国側の姿勢も見え隠れしている。

 

 4月下旬の横浜地裁。福島事故で避難を強いられている住民が国と東電に損害賠償を求めた訴訟で、福島第1原発の安全審査を旧保安院で担当した原子力規制庁職員、名倉繁樹氏の証人尋問が行われた。焦点は事故直後の11年9月に政府の事故調査委員会が作成した名倉氏の聴取結果書、いわゆる「調書」の内容だった。

 

 名倉氏の調書には、各地の原発で耐震安全性確認を進めていた09年、東電から津波対策についてヒアリングした様子などが記されている。東電が示した試算では津波の高さは最大で海抜8メートル程度。原子炉建屋のある10メートルの敷地には及ばないものの、重要な非常用ポンプがあった4メートルの敷地は水没してしまう。

 

「具体的な対応を検討した方がよい」「(非常用ポンプなどの)重要施設を建屋内に入れたらどうか」などと求めた名倉氏を、東電側は「(保安院が原子)炉を止めることができるんですか」と一蹴したとの生々しいエピソードも語られている。

 

 原告側が国や東電の不作為を立証するのが尋問の狙いだった。そんな原告側の思惑とは裏腹に、名倉氏は法廷で事故調調書の内容を否定した。聴取内容は正確に記録されているが、名倉氏は誤った記憶に基づいて説明していたというのだ。なぜ誤りといえるのかについて、名倉氏は「(その後、)刑事訴訟で検察から調書を取られた際に、当時の資料を確認しながら状況を思い起こした」「(事故直後の事故調の聴取には)整理されていない記憶でしゃべってしまった」と述べた。

 

 尋問の前提を否定され、肩透かしを食らった原告側の弁護士は閉廷後、報道陣の取材に応じ、証言内容への不信感をにじませた。原発をめぐる国相手の訴訟では、珍しいことではない。保安院や原子力安全委員会出身者が多くを占める原子力規制庁では、福島事故をめぐる訴訟を意識した入念な準備や駆け引きが行われていたようだ。ある保安院OBは「原告側の追及を根本から覆すのが常とう手段。出はなからくじかれたらもう何もできなくなる」と話す。

 

 ◇「新知見」で現状追認

 

 福島事故で明らかになったのは、「研究や調査で明らかになった成果(新知見)が直ちに規制に反映されるとは限らない」という実態だ。事故後に発足した原子力規制委員会は、「新知見をどのタイミングで規制に反映させるのか」という問題にどう向き合ってきたのか。

川内原発敷地内の断層の露頭を調査する島崎委員長代理(右)=鹿児島県薩摩川内市で2014年4月3日
川内原発敷地内の断層の露頭を調査する島崎委員長代理(右)=鹿児島県薩摩川内市で2014年4月3日

 最も問題となったのは、火山の巨大噴火だ。日本の火山は、1万年に1回程度の頻度で巨大噴火(カルデラ噴火)を起こしてきたとされる。九州電力川内原発(鹿児島県)や北海道電力泊原発は、過去の巨大噴火で敷地に火砕流が到達した可能性が高い。一方で、前兆をとらえて巨大噴火を予測することは至難の業だ。

 

 事故後に規制委が定めた審査基準「火山影響評価ガイド」は、火砕流など工学的に防止できない災害リスクが「十分小さい」と評価できれば原発の設置を禁じないとした。結果的に規制委は、九電が示した海外の新しい研究論文を根拠として「巨大噴火の危険性は低い」と認め、九電による火山監視を条件に川内原発は基準適合とされた。論文では、巨大噴火の前兆は事前に観測で捕捉できるとする。

 

 審査合格後の14年11月、日本火山学会の委員会は、規制委に噴火予測の限界や曖昧さを踏まえて基準を見直すよう求める趣旨の提言を公表。規制委の田中俊一委員長は記者会見で「夜も寝ないで観測をして、国民のために頑張ってもらわないと困るんだよ」などと猛反発した。

 

 16年の熊本地震をめぐっては対照的な事態が起きた。元規制委員の島崎邦彦東京大名誉教授(地震学)が、在任中に手がけた一部の原発の審査で、基準地震動(耐震設計の目安となる揺れ)を過小評価していたと問題提起。島崎氏は、用いた計算手法の欠陥が熊本地震で証明されたと指摘し、規制委に見直しを求めた。田中委員長はいったん指摘を考慮する構えを見せたが、「専門家の間で知見が固まっていない」と島崎氏の提案を拒否した。

 

 火山の事例では、規制委が巨大噴火の前兆を捕捉できるとの「新知見」を採用したことに、火山学者から「知見が十分ではない」との批判が挙がった。地震動の事例では、計算手法の欠陥で過小評価していたという地震学者の「新知見」を規制委が「不十分だ」と退けた。二つの事例は対照的ではあるが、基本的には現状を追認するという点が共通する。

 

 火山を理由に川内原発の立地不適格を判断したり、地震動を理由に審査のやり直しや「基準適合」の撤回に踏み切ったりすることは、規制行政側にとって大きな負担になる。新たな知見が本当に正しいかどうかを判断するには、科学的な検証を十二分に積み重ねる必要がある。

 

 だが、定説となった知見のみを原発規制に用いることは、福島事故で確証が得られるまで津波対策を先送りした反省とは相いれない。事故の前後で何が変わり、変わらなかったのか。常に問われるのはそれだ。

(鎮目宰司・共同通信科学部記者)