難題に挑戦し技術に磨き 金川千尋 信越化学工業会長

◇難題に挑戦し技術に磨き 塩ビで世界トップ

 

 Interviewer 金山隆一(本誌編集長)

 

── 会社を代表する製品は何でしょうか。

 

金川 塩化ビニール(塩ビ)です。使われる量が最も多いのはインフラです。窓枠や建物外壁などの建材や上下水道のパイプに使われ、生活や社会を支えています。私たちの身の回りでも、電線の被覆、車シートやソファのカバーなどに使われます。

 

── 塩ビの世界シェア1位とうかがっています。

 

金川 当社は1992年から塩ビでシェア世界一です。

 

── 塩ビはどこで製造しているのですか。

 

金川 米国の子会社「シンテック」が塩ビ事業の中心で、同国内に三つの製造拠点があります。同社は年間295万トンを生産する世界最大の塩ビメーカーです。これは、日本全体の需要の約3倍に匹敵します。シンテックに加えて、日本、オランダ、ポルトガルでも製造しています。

 

── 米国に重点を置く理由は。

 

金川 塩ビの大きな需要があり、かつ需要が安定していることが理由です。また、塩ビの主要原料は塩素とエチレンですが、米国では両方とも自国内で調達できます。電気代もシンテックの工場があるルイジアナ州では日本の半分以下であり、コスト競争力のある製品を作ることができます。日本で製造しようとするとすべての原料を輸入しなければならず、運送コストもかかります。

 

 ◇米でエチレン製造へ

 

── 原料の調達で大きなプロジェクトを進めているそうですね。

 

金川 現在、米国のルイジアナ州でエチレンの製造工場を建設中です。塩ビの主原料の一つであるエチレンの安定調達のための投資で、2018年半ばの完成を見込んでいます。日本の企業が米国でエチレン工場を建設するのは初めてです。

 

── エチレンの安定調達とは。

 

金川 現在、当社はエチレンをすべて外部から調達しています。これでは、エチレンメーカーや物流網のトラブルで供給が滞ったり、価格の上昇の影響を大きく受けるリスクがあります。自社で必要なエチレンの約半分を製造することで、リスクを減らせます。

 

── 半導体メーカーにシリコンウエハーを供給しています。

 

金川 シリコンウエハーも世界シェア30%で1位です。半導体業界は活況なので需要は旺盛です。

 

── ウエハーは10年ほど前から供給過剰の状態が続いていましたが、現在は需給が逼迫(ひっぱく)しています。価格政策を聞かせてください。

 

金川 ようやく需要が供給を上回り、今年の初めより一部「値戻し」を実現できています。今後の需要増に対応するためにも、更なる価格是正は必要と思います。

 

── 世界シェア1位の商品が複数あるのですね。

 

金川 五輪で金メダルを獲得するのは大変ですが、2大会連続で金メダルを取るのはさらに難しいことです。事業も同じです。重要なのは技術力です。現在の塩ビの生産性を大幅に伸ばすことができたのは、当社の技術者の努力のたまものです。「モノは売っても技術は売らない」というのが、私の信念です。

 

── 技術力が売り物なのですね。

 

金川 シンテックは、工場を建設する際には技術者と、グループのエンジニアリング会社が設計から建設工事の監督まで行っています。化学工場を建設し、安全に立ち上げるのは容易ではありません。しかし、難題に挑戦することで、当社の技術者は経験を積み、自信を持つようになります。この積み重ねが今日の強みである技術力を磨き上げてきました。

 

── 化学工場の設備投資額は莫大(ばくだい)です。投資の判断はどのようにしてきたのですか。

 

金川 設備投資の基本は「販売先行」です。製造したモノを売れる自信がなければ設備投資に踏み込めません。塩ビの設備は大きな投資が必要になりますから、慎重な判断が必要です。シンテックの工場が稼働を始めたのは1974年です。シンテックは私が企画、立案して生まれた会社です。私は「塩ビはすぐれた素材であり、確実に需要が増える」という確信があり、その確信は今日まで変わりません。

 

── それでも社内で議論があったのでは。

 

金川 確かに社内で異論もありましたが、当時の小田切新太郎社長が私を信じてご承認いただき、シンテックの事業を任せてくださいました。小田切さんのご決断のおかげで今日のシンテックがあります。心から感謝しています。

 

── 社長就任から27年、経営者として人材育成をどのように進めてきましたか。

 

金川 社員に「常在戦場」の心構えが大切と言っています。当社の製品の多くが市況の影響を受けます。市況の良い時ほど、悪化した時のことを考えていなければなりません。また、私が尊敬する山本五十六連合艦隊司令長官は「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、褒めてやらねば、人は動かじ」と語ったそうです。人を動かし育てる要諦は、まず自分でやってみせることに尽きます。

 

── 社長就任後も苦労は絶えなかったのでは。

 

金川 市況の波に直面しても日々やるべきことを実行して、一つ一つ乗り越えてきました。毎日欠かさず、数々のデータを分析して、課題に対処すべく考え続けることが大切です。

(構成=種市房子・編集部)

 

 ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか

A 極東物産で合金鉄の営業などをしていました。モノ作りに魅力を感じて35歳で信越化学へ転職しました。市場開拓のために世界を飛び回りました。

 

Q 「私を変えた本」は

A 『山本五十六』(阿川弘之著)です。山本長官は米国の国力を冷静にみきわめて、右翼に命を狙われながらも最後まで開戦に反対されました。山本長官の先見性と人柄に尊敬の念を抱くようになりました。

 

Q 休日の過ごし方

A 自宅の庭を訪れる鳥や、庭の花をながめて、くつろいでいます。体を休めて英気を養っています。

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 ■人物略歴

 ◇かながわ・ちひろ

 朝鮮・大邱(テグ)出身。旧制第六高校を経て1950年、東京大学法学部卒、極東物産(現三井物産)入社。62年信越化学工業入社、78年米子会社「シンテック」社長。90年、シンテック社長と兼務で信越化学工業社長に就任。2010年から現職。91歳。

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事業内容:総合化学

本社所在地:東京都千代田区

設立:1926年

資本金:1194億円

従業員数:1万9206人(2017年4月現在、連結)

業績(17年3月期連結)

 売上高:1兆2374億円

 営業利益:2386億円