長短金利操作やめ資産購入減額を=田中隆之〔出口の迷路〕金融政策を問う(7)

 

日銀の政策は、先進各国の中央銀行の「常識」とはかけ離れている。傷口を広げないうちに転換すべきだ。

田中隆之(専修大学経済学部教授)

 先進国の中央銀行は、リーマン・ショックを頂点とする2008年の世界金融危機以降、大量資産購入、マイナス金利政策などの非伝統的金融政策に突入した。そのうち米連邦準備制度理事会(FRB)は、大量資産購入のみを行ったが、13年末からテーパリング(資産購入額の漸減)を開始して翌14年10月には終了。その後、保有する国債などの満期時に再投資を行い、残高を維持しつつ15年末に最初の利上げを行った。今年9月には再投資額の縮小をも決定し、資産購入策からの撤退は最終局面を迎えている。

 

 欧州中央銀行(ECB)も今年4月に資産購入額を減らし始め、すでに資産購入をやめていた英イングランド銀行(BOE)は、11月2日に10年4カ月ぶりに利上げに転じた。日銀以外の主要国中銀はいずれも撤退の方向を向いている。

 

 未踏領域の金融政策の経験の中から、次の事柄が明らかになってきた。

 

 第一に、資産購入は、政策金利がゼロに達し、下げ余地がない中での緩和手段として有用だが、副作用や欠点もある。すなわち、(1)長期金利の引き下げ効果があるが、それによる設備投資の誘発力は弱い、(2)株価、土地などの資産価格を実体経済とかけ離れた水準まで押し上げてしまう、(3)特に財政赤字の大きな国では、財政ファイナンスのわなにはまり「出口」が困難になる可能性がある、などだ。

 

 第二に、政策変更をかなり前からアナウンスして市場に織り込ませる手法が、市場とのコミュニケーションの点ですぐれていることだ。

 

 第三に、「インフレ目標」に柔軟に対応することの重要性である。FRBはインフレ率が「長期的ゴール」の2%に達しない時でも、利上げを行ってきた。だが、その一方で、失業率が低下しているにもかかわらず物価が上がらない「低インフレ問題」に直面し、利上げのペースは、金融政策を決める米連邦公開市場委員会(FOMC)メンバーの当初見通しを下回る慎重なものにとどまった。経済構造の変化が推測される時期には、このような柔軟な政策運営が適切と思われる。

 

 さて、日銀の金融政策は、こうした中銀の「グローバルスタンダード」から大きくかけ離れている。何よりもインフレ目標を厳格に捉え、市場に織り込ませるどころかサプライズを狙い、そして巨額の政府債務残高を背景に財政破綻確率を高めている。

 

 これを修正し、まずは大量資産購入策に終止符を打つことが必要だ。

 

 ◇2%は長期目標に

 

 日銀の場合、そのハードルはFRBよりもはるかに高い。具体的な手順をシミュレートしてみよう。

 

 第一に、「2%物価目標」を「長期的に達成すべきもの」と位置付け直す。「1%」への引き下げは、先進国中銀がいずれも2%を掲げるなか、円高の進行を防ぐ観点から採りにくい。

 

 第二に、景気の現状が循環的には良い局面にあること、デフレからは脱却していることを確認する。

 

 第三に、資産購入の「正常化」を開始する。最初のステップは、FRB同様テーパリングだ。日銀は16年9月に「長短金利操作」を導入し、操作目標をそれまでのマネタリーベース残高から、コール(銀行間貸借短期)金利(より正確には日銀当座預金政策金利残高への付利水準)と10年物国債金利に移した。その結果、年間80兆円ペースだった国債の購入量は、現在50兆円ペースに減速しており、すでにテーパリングは始まっているともいえる。

 

 だが、さらに購入量を減額していくには、(1)長短金利操作の枠組みを使い、10年物国債金利の誘導目標を上げていく、(2)長短金利操作の枠組みを破棄し、FRBのように月々の購入額を段階的に減らしていく──の二つの方法のうち、どちらを選択するかが問題になるだろう。

 

 本来、「正常化」をはかるのであれば(2)が確実だ。なぜなら、(1)では金利を先決するので、購入量をどれだけ減らせるかは市場実勢に委ねられる。長短金利操作は、長期金利の過剰な低下を修正すると同時に、購入できる国債の枯渇に備えて購入額の約束をやめるのが主眼であり、ゼロまで減らすことはそもそも射程に入っていない。テーパリングの手段ではなく、大量資産購入「長期戦化」の手段であったといえる。

 

 加えて、長期金利誘導目標を引き上げるとすると、その理由付けが難しい。物価上昇率が上がってくれば、実質金利を一定に保つために名目長期金利を引き上げるという理屈は成り立つが、物価動向待ちではいつまでも動けない可能性もある。

 

 それよりも、長期金利を操作目標から外して実勢に任せ、コール金利を当面はマイナスに据え置くことで、「金融情勢は極めて緩和的である」という説明を続けながら、それとは別に資産購入額の縮小を進める、というほうが、はるかにやりやすい。

 

 ◇財政再建とセットで

 

 懸念されるのは、テーパリングの開始時に、長期金利が跳ね上がり、高い水準で定着する展開だ。国の利払い費が急増して財政破綻の懸念が増大すれば、長期国債が売られ、長期金利はスパイラルに上昇していく。

 

 基本的には、これまでの大量資産購入で、もともと低い長期金利をさらに引き下げる力が限られたことを考えれば、逆にこれをやめても長期金利の基調的な水準はさほど大きく上がらないともいえる。

 図をみると、10年物長期金利は量的・質的金融緩和導入前は0・8%だったが、その後0・2%まで下がった。マイナス金利政策導入後、さらにマイナス0・3%近くまで低下したが、現在は長短金利操作でゼロ%近傍に引き戻されている。マイナス金利政策を継続すれば、10年物金利は0・8%をそう大きく上回らないのかもしれない。ちなみに、00年以降量的・質的金融緩和前までの平均は1・3%だ。

 

 日本の場合、1%の長期金利上昇が定着すれば、長い目で見て国債の利払い費は約10兆円増える(消費税2%引き上げで5兆円の増収)。ただし、これは4年前の状態に戻るだけだともいえ、10年物金利が2~3%以上で定着しないかぎり、急激な財政破綻スパイラルは避けられそうにも思われる。

 

 だが、00年代の長期金利が低かったのは、デフレが名目金利を低く抑えていたからでもある。テーパリングは、低インフレが継続し、「2%物価目標」を達成しないうちに実行したほうがよい。

 

 怖いのは市場の反応だ。FRBがテーパリングの方針を発信し始めた13年5月以降、それまで1・8%程度だった米10年物国債金利は夏にかけて約1%跳ね上がった(いわゆる「バーナンキ・ショック」)。だが、年末から実際に購入額が減るにつれて低下し、終了後の15年初めにはほぼ元の水準に戻っている。

 

 この例からも明らかなように、財政破綻の懸念が払拭(ふっしょく)されれば、市場はこれを好感して長期金利は落ち着く。そのためにも、政府が財政悪化を放置しない姿勢を強く打ち出し、国の財政再建と日銀の資産購入撤退を、市場が評価する展開を作り出す必要がある。

 

 この間、財政破綻懸念を材料とした「悪い」円売りが起きないようにしなければならない。それは経常収支の行方にも依存する。高齢化によるマクロ的な貯蓄率の低下を背景に、いずれ赤字に転じるという見方も根強く、そうなってからでは遅い。

 

 来春に就任する新総裁が、この狭く険しい道をうまく切り抜けて「正常化」をはかる選択肢を視野に入れた人物かどうかが、日本経済の将来を決するといえるだろう。

(田中隆之・専修大学経済学部教授)

◇たなか・たかゆき

 1957年生まれ。東京大学経済学部卒業。日本長期信用銀行調査部ニューヨーク駐在などを経て、2001年より現職。博士(経済学)。専門は財政金融政策、日本経済論。著書に『アメリカ連邦準備制度(FRS)の金融政策』など。


*週刊エコノミスト2017年11月21日号

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