出口を語らないこと自体がリスク=岩村充〔出口の迷路〕金融政策を問う(9)

日銀の異次元金融緩和に出口はないと人々が思い始めれば、400兆円のベースマネーはヘリコプターマネーへと変わる。

 

岩村充 (早稲田大学大学院 経営管理研究科教授)

 

日銀は出口を語らない。その姿勢は、ゼロ金利に踏みきった米国FRB(連邦準備制度理事会)が、出口を語り続けてきたことと対照的である。

 

 ゼロ金利下で出口が遠いと語れば追加緩和であり、近いと語れば引き締めになる。極限までの緩和領域に入り込んだ中央銀行にとって、出口を語ることは最後に残された金融政策手段の一つなのだ。出口を語ることの拒否は、金融政策の放棄に他ならない。

 

 そして出口を語らないことは、それ自体がリスクでもある。かつて長期金利はコントロールできないと言い続けてきた日銀は、今やそれができていると言ってはばかることがない。だが、それが本当なら、日本では中央銀行が決めた金利、つまり公定価格での国債発行と、やはり公定価格での中央銀行による買い入れが同時に行われていることになる。これでは、日銀の国債買い入れは、新発国債の直接引き受けと同視されても仕方あるまい。


 断っておくと、国債の日銀直接引き受けは、それ自体が悪というわけではない。財政法も、国会の議決を要すると言っているだけで、それを絶対に不可としてはいない。だが、それが永遠に続けられるとしたら、より正確には、それが永遠に続けられると人々が信じ始めるとしたら、そのとき、中央銀行の国債買い入れは、政府紙幣の発行、すなわちヘリコプターマネーと変わらなくなるだろう。日銀は、出口を語らないことによって、建前として拒否しているヘリコプターマネーにどんどん近づいているわけだ。

 

 ◇日銀国債引き受けの条件

 

 もっとも、空中からカネをばらまくというたとえから生じる不快感を別にすれば、ヘリコプターマネーもまた政策手段の一つである。浜田宏一内閣官房参与に「目からウロコが落ちた」と言わせた「消費者物価上昇率が目標に達するまで消費増税を凍結せよ」とする米国プリンストン大学のクリストファー・シムズ教授の提案を、「あれはヘリコプターマネーだから認められない」と一蹴した政府首脳がいたが、教授の提案をヘリコプターマネーと言い切るのなら、なぜヘリコプターマネーが危険なのか、その理由についての説明もあってほしかったと思う。

 

 筆者はシムズ教授の提案に賛成できないが、それは提案が生み出すかもしれない期待の暴走を止める安全装置が十分でないからであって、単なる道徳論から反対なのではない。

 

 昭和初期、世界大不況の中で蔵相に就任した高橋是清は、日銀の国債直接引き受けに踏みきると決断して世の雰囲気を変えた。そうできたのは、それがヘリコプターマネーだからだ。高橋のすごみは、決断の一方で引き受けた国債の市中売却につき着々と金融界への根回しを進めていたところにある。彼は、ばらまいたマネーを引き揚げるシナリオ、すなわち出口のシナリオを、最初から準備していたのだ。

 

 もっとも、高橋の成功には運の良さもあった。彼が向かい合った大不況は、今から見れば、19世紀に始まった世界的な大成長の踊り場に過ぎなかったからだ。だが、長期停滞の影が濃い今の日本で考えるのなら、ばらまいたマネーを確実に引き揚げる仕掛けを用意しておく必要があるのは明らかなはずである。

 

 出口を語らないことのリスクに話を戻そう。出口を語らない日銀を注視する人々が、日銀は出口を語らないのではなく、実は語ることができないらしい、日銀はゼロ金利と国債引き受け同然の政府債務ファイナンスを永遠に続けるだろう、そう思い始めたとき、日本の危機が始まる。そのとき、日銀がばらまいてしまった400兆円を超えるベースマネーの全部が、政府紙幣の散布と同様の効果を持ち始めることになるからだ。ヘリコプターマネーだから認められないと政府首脳が一蹴したシムズ教授の提案の数十倍にも達するショックが、通貨としての円を襲うわけだ。

 

 そこで何が起こるだろうか。

 

 

 起こるのは貨幣価値のスリップダウン的な(滑り落ちる)変化、言い換えればジャンプアップ的な物価上昇である(図)。日銀が願い続けているような緩やかなインフレの復活などではない。例えて言えば、一晩のうちにあらゆる商品の値段が跳ね上がるに近い現象である。

 

 

 もちろん、実際の物価はそこまで極端にジャンプするわけではない。だが、いったん人々のインフレマインドに火がついたら瞬く間に燃え広がるという現象は、1970年代の物価狂乱とも言われた時代を含め、私たちは何度も経験している。しかも、さらに悩ましいのは、そうした物価のジャンプアップの後に戻ってくるのは、物価の再下落、つまりしぶといデフレになりかねないことである。

 

 そして、もしかすると、このシナリオを当局者はひそかに望んでいるのかもしれない。この場合、ショックで物価がジャンプしてしまえば、その後の金利は元に戻ってしまうので国債の市場価格も動かない。だから、日銀を含む金融機関に有価証券投資損失、つまりバランスシート・リスクが発生することはなく、したがって金融システムが動揺することもない。起こるのは、現金や預金の実質価値が目減りするという一度限りのインフレ課税現象だけである。だから、このシナリオで残るリスクは、次の選挙における人々の投票行動だけである。

 

 だが、そのとき、人々の怒りは日銀の政策運営だけでなく、そうした仕組みを作り上げた日本の政治構造全体にも向く可能性がある。それを当局者たちは忘れない方がよい。

 

 ◇保有国債を変動金利に転換せよ

 

 一方、こうしたときでも日銀が速やかに金利を引き上げることができれば、事態を緩やかなインフレへと転化させることができる(図)。そうすることで衝撃が一気に噴き出てしまうことをかわし、物価上昇圧力を将来に向けて徐々に放出させるよう仕向けるのである。妨げになるのは、デフレマインドの完全払拭(ふっしょく)まで金利を上げないとする、日銀自身のコミットメントぐらいだ。

 

 だが、このシナリオにも弱点がある。何の用意もなくこのシナリオに入り込んだとき、そこで起こるのは金利の上昇が引き起こす膨大なバランスシート損失の発生だからである。それは日本の金融システムを支える最後のよりどころにして円の価値の支え手でもある日銀への信認を直撃するだろう。以前から筆者が日銀保有国債の変動金利への転換を提唱しているのは、日本が抱える地政学的リスクから見て、ここで円の信認に痛手を生じることは避けるべきと考えていたからである。

 

 付言しておくと、中央銀行保有国債の変動金利転換は、大規模金融緩和からの離脱を安全にするための標準的な知恵の一つであり、今から14年前の2003年に来日したバーナンキFRB理事(当時)は、現にその趣旨の提案をしている。

 

 もっとも、当時の日銀は、長期国債の買い入れは経済成長に伴うベースマネー需要増内にとどめるという「成長通貨オペ」の考えを維持していたから彼の提言を受け入れていない。成長通貨オペの枠組みの下では、マネーを回収するために日銀が保有国債の売りオペをしなければならない状況は起こらず、満期まで保有されるのが原則だからである。

 

 だが、既に日銀は異次元緩和と称して成長通貨オペの枠組みを撤廃している。そうである以上、緩和の出口において満期前国債の安全な売却を可能とする仕組みは不可欠のはずだ。保有国債の償還損見込み額さえ積み立てておけば財務は健全と言う日銀を見ると、彼らは出口を語らないのではなく、語ることができないのではないかと思えてしまう。

 

(岩村充・早稲田大学大学院経営管理研究科教授)

◇いわむら・みつる

 1950年生まれ。74年東京大学経済学部卒業、日本銀行入行。企画局兼信用機構局参事などを務める。98年より早稲田大学ビジネススクール教授。近著に『中央銀行が終わる日』。


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