投機に流れるマネーを成長投資に=菊池英博〔出口の迷路〕金融政策を問う(11)

量的緩和であふれ出たマネーを国内の成長に資する投資に回すことが、重要な出口政策だ。

 

 

菊池英博(日本金融財政研究所所長)

 

「アベノミクスで生活がよくなったという実感がわかない」という声が多く聞かれる。実感がわかないのは当然で、第2次安倍晋三内閣成立以降の4年間で、実質賃金が減っているからだ。今年6月発表の厚生労働省の統計を基に計算すると、2013年から16年の4年間で1世帯当たりの年間実質賃金は、537万2000円から518万7000円に減額している。実質賃金は4年間の累計で60万円(年収では15万円)減っており、消費税3%の引き上げ分(消費者物価を2%引き上げ)を控除しても、4年間の累計で27万円(年収で6万7500円)の減収である。

 

 なぜこのような実態になってしまったのか。原因は13年4月に就任した日本銀行の黒田東彦総裁による異次元の金融緩和政策によって大幅に円安になり、燃料や食料品などの輸入価格の上昇が消費者物価を押し上げ、賃金上昇が消費者物価の上昇を下回ったからである。

 

 就任早々に黒田総裁は「異次元の金融緩和政策で、2年間で通貨供給量(マネタリーベース)を2倍にし、消費者物価を2%上昇させ、デフレを解消する」と宣言した。マネタリーベースとは日本銀行に置かれている金融機関の当座預金(すぐ使える預金勘定)の残高と日本銀行券(お札)との合計額である。日本銀行は金融市場から国債や上場投資信託(ETF)を購入して、その代金を金融機関の当座預金に入金する。こうすればマネタリーベースが増加するので金融機関は融資や投資を増加せざるをえなくなるから、企業活動が活発になって需要が増え、デフレは解消するという論理(マネタリズム)である。

 

 

 しかし、この論理は立証されていない。異次元緩和からの4年半をまとめると図「日米のマネタリーベースの推移」のようになる。当初から4年6カ月経過した今年の9月にはマネタリーベースが当初の3・5倍の471兆円まで増加しているのに目標は達成されていない。

 

 

 この間、日本銀行政策委員会は16年1月にマイナス金利政策を導入した。この政策は同行にある金融機関の当座預金の政策金利残高(一定の基準以上の残高)にマイナス金利(年0・1%)を課す、そうすれば金融機関はマイナス金利を避けるためにその資金を融資や投資に使うであろうと期待して導入されたが、結果は真逆の大きなマイナス結果を生んでいる。

 

 ◇マイナス金利で金融危機も

 

 そこで私は7月1日に日本銀行政策委員会の委員に書簡を送り、「マイナス金利の廃止」を提言した。その理由は第一に、マイナス金利の導入後に一部の生命保険会社は「ゼロ金利では運用難で保険金が払えない」といって保険料率を引き上げ、かんぽ生命は一時払い定期年金保険や学資保険などの積立型商品の販売を停止するなど、マイナス金利導入によって国民が求める金融サービスがなくなったうえに国民負担が増加していることである。

 

 第二に、異次元金融緩和で融資金利が低下の一途をたどり、金融機関の本業である「利ざや(融資金利と預金金利の差額)」が縮小し、一部では利ざやがマイナスになっていた。こうした矢先にマイナス金利が導入されたために、とくに地方金融機関の減益は大きく、金融機能を減殺させ、潜在的な金融危機を招いているからである。

 

 私は9月に森信親金融庁長官に会い、地方ではマイナス金利が収益減少に追い打ちをかけて金融危機の発生が懸念されており、極めて憂慮すべき現状ではないかと申し述べた。マイナス金利の弊害に対処するには、金融政策は日本銀行、金融行政は金融庁という別々の立場だけでは解決できないため、大局的な判断が求められている。

 

 米連邦準備制度理事会(FRB)はリーマン・ショック後の08年9月以降、3度にわたって量的金融緩和政策を実行した。しかし、1410月からは追加の金融緩和を停止し(量的金融緩和終了)、1512月から4回の短期金利の引き上げを実行して金融機関の利ざや縮小を回復させ、金融正常化が進んだ時点(1710月)で金融緩和解除(通貨量の減少開始)を発表した。しかし日本銀行は、マイナス金利という劇薬で副作用が大きくなっているのに、放置したままで出口戦略は全くない。

 

 ◇日銀マネーを公共投資に

 

 図の左上で分かるように、4年半の異次元緩和で増加したマネタリーベースは336兆円もあり、これがすべて日本で使われればマネーストック(国内で使われている通貨)も同額増えるはずだ。ところがマネーストックの増加額は165兆円に過ぎず、両者の差額である171兆円(マネタリーベースの増加分の51%)が海外に流れて投機マネーとして使われている。金融機関は海外のヘッジファンドなどに融資し、彼らはその円で日本の株式やドルを買うので円安や株高となり、まさに円バブルが発生している。

 

 日本では、すでに市場に出回っている国債が量的に限界に達しており、このまま進めば日銀が国債を購入できなくなり、金利が乱高下する懸念が強い。今は内外の株式市場が堅調なので、徐々に日銀マネーを回収しても金融市場への影響は皆無に近いであろう。

 

 1998年に始まったデフレがいまだに継続している最大の理由は、官民ともに純投資(新規の設備投資から減価償却を引いたネットの投資)が低調であることだ。とくに「公的資本形成」は07年から新規投資よりも資本減耗額(減価償却)の方が大きくなり、政府純投資はマイナスになっている。これが経済成長を阻む大きな要因になっている。建設的な公共投資が増えれば、民間投資を誘発し、相乗効果で経済成長が高まることは立証されている。国土交通省によると現在、償却済みの公的資本の更新投資だけで毎年8兆~10兆円必要である。

 

 

民間投資を誘発するには公共投資が必要

 

 私はかねてから人口減少時代にふさわしい国土刷新計画として「5年間100兆円の政府投資を実行すれば、民間投資を誘発し、その相乗効果で成長力が強まり、税収の増加で政府投資は5年間でほぼ回収できる」と提案してきた。

 

 日銀のマネタリーベースは国内総生産(GDP)の80%(FRBのこの比率はピーク23%)を超えて異常な段階に達しているので、金融正常化のためには政府の協力が不可欠である。投機に流れている日銀マネーを、新規の建設国債や財投債(財政投融資特別会計国債)に吸収して経済成長へ転嫁させるのが最適な出口戦略ではなかろうか。

 

 金融正常化の第一歩は金融体系を破壊しているマイナス金利を廃止し、日銀によるETF、すなわち株式の買い取りをやめ、本来の金融政策を取り戻すことである。

 

(菊池英博・日本金融財政研究所所長)

◇きくち・ひでひろ

 

 1936年生まれ、東京都出身。59年東京大学教養学部卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行。ミラノ支店長、豪州東京銀行頭取などを経て、95年文京女子大学(現文京学院大学)経営学部・同大学院教授。2007年から現職。著書に『銀行ビッグバン』(東洋経済新報社)、『新自由主義の自滅』(文春新書)など。


*週刊エコノミスト2017年12月19日号掲載