特集:AIに勝つ!社労士・司法書士・行政書士 2018年2月13日号

社労士にITソフトの大波 

人事・労務の業務が3分の1

 

「人事労務の作業にかける時間が3分の1になり、稼いだ時間を採用戦略や社員と話す時間など、より経営に重要な業務に充てている」

 

 

 仕事のマッチングサイトを運営するクラウドワークス(東京・渋谷区)は、2011年の設立以降、事業が急拡大するなかで、人員も積極的に拡充し、人事労務の業務が“パンク”しつつあった。従業員数は、1412月の上場時に30人だったが、半年で100人、今では約300人になった。冒頭の言葉は、同社の人事担当役員・佐々木翔平氏の発言だ。

 

 クラウドワークスの人事労務担当者たちの“危機”を救ったのが、インターネット上で人事労務業務を一元的に管理できるクラウド型人事労務ソフト「スマートHR」だった。

 スマートHR(東京・千代田区)が提供するこのインターネットサービスでは、従業員自身が氏名や生年月日、住所、基礎年金番号などを入力する。企業の人事労務担当者は、同サイトから直接社会保険などの申請も行える。

 

 従来は、従業員が配られた紙に情報を書き込み、それを人事労務の担当者がエクセル(表計算ソフト)などに打ち込み、それを印刷して各役所に提出していた。また、従業員データの管理もできるため、住所変更や年末調整、扶養の追加、氏名変更も簡素化できる。導入企業は1511月の正式公開から、2年弱で9000社(18年1月時点)を超えた。

 

 こうした新しい人事労務サービスは、スマートHRだけではない。従業員管理や行政手続き以外にも、給与計算や勤務時間管理などの分野で多くのIT企業が参入している。

 

 企業向けクラウド型会計ソフトで急成長中のフリー(東京・品川区)もその1社だ。17年8月に人事労務分野に参入。同社は、「人事労務担当者は300人規模の企業なら計算上0・5人になる」との試算を出している。同様のサービスを展開するネオキャリア(東京・新宿区)も、同社の「ジンジャー」で、従業員の入退社手続き書類や役所への書類申請などの業務時間が約10分の1に短縮できるとしている。

 

 ◇給与も勤務管理も自動

 

「スマートHRなどのIT企業は、社会保険労務士(社労士)にとって脅威だ」

 

 東京都内に事務所を構える複数の社労士が、そう本音を漏らす。

 

 そもそも社労士の主な業務は、社会保険や労働保険関連の分野で、さまざまな役所に提出する申請や手続きを代行する。労働保険関連ではハローワーク(公共職業安定所)に、健康保険では健保組合・協会に、年金は年金事務所に、という具合だ。

 

 ただし、こうした業務は、企業内の人材が行えば、社労士の資格がなくてもできる。その一方で、企業が、社会保険や労働保険関連の業務を外部に委託する際は、社会保険労務士法(社労士法)が適用され、社労士に委託しなくてはいけない。

 

 

 つまり、社労士の顧客は基本的に中小企業だ。しかし、その中小企業で今、クラウド型の人事労務ソフトが広がり始めているのである。

 

 クラウド型ソフトを提供する企業同士の連携も活発だ。

 

 9500社が導入するクラウド型の勤務時間管理サービス「キングオブタイム」を提供するヒューマンテクノロジーズ(東京・港区)は、マネーフォワード(東京・港区)のクラウド型給与計算ソフト「MFクラウド給与」と連携。これによって、「キングオブタイム」の勤務時間データを使って「MFクラウド給与」側に読み込み、ほぼ自動で給与計算ができるようになった。また、スマートHRとマネーフォワードは提携を強化し、二人三脚で間接部門の効率化を目指している(図3)。

 

 

 

 企業の勤務時間管理は、紙のタイムカードで、そして、勤務データの管理はエクセルに移して、電卓で給与計算をするという従来の流れが今、大きく変わろうとしている。

 

 ある社労士は危機感を隠さない。

「社労士の従来型の仕事は、社会保険や労働保険の手続きや給与計算の代行で、『企業の担当者がするより間違えないこと』が売りだった。だが、人手を使った労働集約型のこの仕事がIT化で崩れようとしている」

 

 ◇政府は電子申請を推進

 

 日本政府が行政手続きのオンライン化を進めていることが、社労士だけでなく、司法書士や行政書士の危機感も増幅させている。

 

 総務省は01年、「電子政府の総合窓口(e-Gov(イーガブ))」の運用を始めたが、使い勝手が悪く広がっていなかった。しかし、15年4月に民間企業などが作る外部システムと連携できるようにし、大きく広がっている。

 

 総務省が外部システムと連携することに商機を見いだしたのが、スマートHR、フリー、ジンジャーなどだった。e-Govは企業担当者や一般の人には使いにくいが、連携で利用者が簡単に申請できるように使い勝手を良くした。e-Govでの電子申請件数は、14年度の320万件から16年度には647万件と急拡大している。

 

 e-Govでは、厚生労働省、国土交通省、経済産業省、金融庁など4100件以上の行政手続きが行える。だが、社労士も関わる社会保険・労働保険分野だけに絞ると、オンライン申請率は非常に低い。総務省によると、社会保険・労働保険のオンライン申請率は全体の約9%と、1割にも満たない。司法書士が関連する登記のオンライン申請率は66%、税理士が関与する国税申告は58%だったことと比べると、その差は歴然だ(図2)。

 

 

 

 政府による電子申請の推進で、司法書士や行政書士の立場も安泰ではなくなっている。

 

 不動産登記が主な業務の司法書士は、登記の電子申請率が66%だが、「今は最後の申請がインターネットというだけで、実際には必要書類の紙も多い。しかし、今後ペーパーレス化が進めば関連業務がどんどん減っていく」(司法書士関係者)。

 

 ある司法書士は、「司法書士の分野では今でこそ紙が原本だが、『不動産登記法』や『商業登記法』で電子認証を取ったPDFファイルでも認められる方向性にある。紙の移動がなくなるので、郵送もしないし、法務局に行かないし、書類を棚に整理する業務もいらなくなる」。

 

 そもそも登記件数の減少にも歯止めがかかっていない。土地と建物の登記件数は、05年の1757万件から15年は1174万件に減少している(『司法書士白書2017年版』)。

 

 一方、行政書士の業務を見ると、政府による手続き電子化で一つの仕事が“奪われた”。国交省の「自動車保有関係手続のワンストップサービス(自動車の新車新規登録等手続の窓口)」、通称OSSである。

 

 OSSは、例えば、新車を購入する際、検査・登録、保管場所証明、自動車諸税納付などが必要だが、それを、一般の人もインターネット上でできる。OSS自体は、05年に始まっているが、今年からは本格的に広がる見込みだ。17年4月からは、中古車関連の手続きもできるようになり、今年から、申請可能な地域が全国的に広がっているためだ。

 

 助成金のポータルサイト運営などで他士業からの評価も高い石下貴大行政書士は、「行政書士の業務は1万種類とも言われ、ITやAIで全ての許認可や申請がすぐに自動化されるとは思わないが、今後、簡素化する流れは止められない」と語る。

 

 野村総合研究所と英オックスフォード大学の共同調査では、AIなどによって30年ごろには、社労士の業務の79%が自動化され、司法書士は78%、行政書士は93%自動化されるとした。それが本当に起きるかは誰にも分からない。だが、ITが士業の業務を効率化し、一部を代替し始め、今後は、AIが士業の枠組みさえ“破壊”する可能性もある。

 

 

(谷口健・編集部)

週刊エコノミスト 2018年2月13日号

発売日:2018年2月5日

特別定価:670円