「低インフレの謎」が解決されるまで利上げを待つことは出来ない ラグラム・ラジャン・シカゴ大教授

◇インタビュー全文 ラグラム・ラジャン シカゴ大学経営大学院教授

 

◇金融分野で増える借金投機

引き締めが重なれば重大事態も

 

2008年のリーマン・ショックを的確に予想し、背後にある金融市場の問題点を指摘、いち早く規制強化を提言したラグラム・ラジャン氏。足元の資産価格上昇、米連邦準備制度理事会(FRB)の金融政策、世界中に広がる仮想通貨の評価を聞いた。(聞き手・岩田太郎=在米ジャーナリスト)

 

※1月2・9日合併号に未掲載の分も含めて、インタビューを全文掲載しました。

 

── リーマン・ショックから2018年で10年が経過する。足元の景況感をどのように見るか。

■やっと世界中で同時に経済回復が進行するところまでこぎつけた。過剰なレバレッジ(借金投機)は多くの地域で収束し、ある程度の安定がもたらされた。ただ、そうした安定は極端に規模の大きい量的緩和による流動性によってもたらされた。この流動性が米国のプライベートエクイティやカナダ、オーストラリアの不動産市場などで再びレバレッジを招くことになった。こうして、米国や中国における企業部門など一部の地域で資産価値のインフレが起きている。

 では、どこでレバレッジが危険なレベルまで積み上がっているのか、また、「いつまでも安価にお金が借りられる」との前提で行われている影のレバレッジ(「シャドーバンキング(影の銀行)」による、銀行融資の形を取らない投資)は、どうなのか。こうしたマネーへのアクセスが絶たれた場合、ポジション(投資)を速やかに解消しなくてはならず、金融危機の一因となる。

 

── そうしたシナリオへの対応はできているのか。

■金融危機後に銀行規制は強化された。大半の金融機関では以前と比べ自己資本が大幅に増強され、少数の例外を除けばより「健康」になった。だが、十分な注意を払われていないのがシャドーバンキングだ。前回の金融危機から学ぶべき教訓があったとすれば、それは「すべてがつながっている」ということだ。レバレッジが積み上がり、そこに金融引き締めが重なれば、問題が起こる。銀行システムとシャドーバンキングが比較的隔離されていたとしても、ストレスに耐えうる免疫があるか確かではない。

 

── あなたは、成功した場合の報酬が過度に高い「ゆがんだインセンティブ体系」が前回の危機の大きな要因だと分析している。それは是正されたか。

■金融機関では損失や失敗に対して、後で報酬の返却を請求される仕組みなどが整備されており、よく是正された。だが、年金基金・保険会社・プライベートエクイティのように、まだ報酬構造の是正が手付かずの分野がある。過剰なリスク引き受けが銀行から別のセクターに移っただけなのだ。中央銀行は、量的緩和はリスク引き受けを拡大させ経済成長させることが目的だったと言うだろう。しかし、問題はモノづくりなど真の経済活動が増えておらず、金融分野でのリスク引き受けが伸びたことだ。

 

―― トランプ政権は、規制撤廃を唱える人物をFRB、米証券取引委員会(SEC)、米通貨監督庁(OCC)など規制当局の高位に指名・任命しているが、こうした動きは金融危機の再来の確率にどう影響するか。 

■ルールの変更が、「どんな政策が有効か」という基準ではなく、イデオロギーから行われることがある。民主党政権は規制強化派の任官をする傾向があるし、共和党政権は規制撤廃派を任官する傾向がある。加えて米国では複数の規制当局の重複があり、各組織が権力誇示のため規制をやり過ぎる傾向もある。これは効率化する必要がある。

 数年ごとに規制を変えると不確実性が増大するため、頻繁にルールを変えることに適さない分野もある。バーゼル銀行資本規制が好例だ。 誰が影響を受け、誰が損をするのか、どんな手段が有効か、を見極める必要がある。エビデンスに基づいて理性的な変更を加えていくべきだろう。

 

── 規制の強化と撤廃の適切なバランスは、どこにあるか。

■まだ大き過ぎて潰せない銀行がある。巨大銀行は金融危機後、さらに大きくなり、特権を持つこととなった。これは実質上、中小金融機関に資本要件で能力以上の厳しい規制の網をかぶせたことの、皮肉な結果でもある。中小銀行が持たない特権を大手が持たないように制度を改善する必要がある。バーゼル銀行資本規制については、数年ごとに基準を改定して業界全体に不確実性を呼び込むよりは、まず結果を見極めたほうがよい。同時に、銀行でのインセンティブ構造に規制を集中させるべきか、他の分野にも規制を広げるかを検討する必要がある。私自身は、節度がある規制を金融全体に適用することが望ましいと思う。

 

── 見極めにはどれくらいの時間が必要か。

■ 現時点で注意が必要なのは、規制や監督の不足よりも、冒頭で述べたマネーの動きの変調、つまり  流動性の問題が起こる可能性だ。流動性問題には特有の対応が必要となる。だから、現行規制のサイクルが一巡するのを待ち、次の対応を決めるのがよい。それには、3~4年はかかるだろう。

 

── 2018年の米経済・世界経済の予測は。

■ 科学的に予測するすべを持たないため、コメントはできない。だが、現在の経済環境がよいものだと言うことはできる。直近で、成長の向かい風になる要因は見当たらない。正常化が進行するにつれ、中期的にどのような影響が出てくるかは見極めが必要だ。極端なレバレッジが進んでいるなか、投資機関が引き締めに対応できることが望まれるが、対応しきれないところも出てくるだろう。

仮想通貨は過大評価 高額紙幣廃止は個別事情考慮を

── 仮想通貨はバブルか。

■使途がかなり限られているのにもかかわらず価値が急上昇する資産は、(17世紀のオランダでバブルを引き起こした)チューリップの性格を帯びていると言えよう。チューリップは美しく鑑賞を楽しめるが、それほどまでに高い価格が相応なのかは別の話だ。

 では、仮想通貨の価値はどこから生じているのか。価値が一番大きい通貨が、一番効率的な取引のメカニズムを持っているとは限らない。また、流通量が増えた場合、仮想通貨に価値を与えている特徴が失われるかもしれない。匿名性を例にとろう。仮想通貨の流通量が20億個であれば誰も気にしないが、500億個になれば、多くの中央銀行は匿名性についての懸念を持つ。そうなれば、情報開示が求められるかもしれない。開示が義務付けられれば、取引が減少するだろう。

 

── 仮想通貨の価値を判断するポイントは。

■もしこうした通貨に固有の価値がなく、その役割が売買取引だけであるなら、通貨の価値のどれだけの部分が手数料に過ぎないのか。仮想通貨の流動性プレミアム(流通するがゆえに支払われる上乗せ手数料)は過大評価されているように見受けられる。また、通貨の所有権は通貨の所持者ではなく、仮想通貨の仕組みをコントロールする者が保有している。これらの理由で、仮想通貨が正当化できる以上の価値を持ち始めていることを心配している。

 

── かつて総裁を務めたインドの中央銀行であるインド準備銀行(RBI)が、あなたの退任後の1611月に実施した高額紙幣廃止について、「性急すぎた」と評価している。

■インドの高額紙幣廃止については、一晩で廃止された紙幣流通量の87%分を代替する十分な供給がなかった。このため、人々が日常でよく使われる種類のお金へのアクセスを失ってしまった。RBIの準備不足だった。

 

── 欧州中央銀行(ECB)は500ユーロ(65000円超)紙幣を廃止する予定だ。

■インドと欧州の状況は違う。500ユーロ紙幣が廃止されても、多くの人は困らない。500ユーロ札は多くの場合、麻薬などの違法取引に使われている。廃止されれば、今まではスーツケースに詰め込めたものが、より細かい通貨を必要とするためトラックに満載しなければならなくなる。インドにおいて7.5ドルに相当する500ルピー紙幣や15ドルにあたる1000ルピー紙幣が廃止された際には、比較的貧しい人もそれらを日常的に使っていたため、彼らは困ったわけだ。

 

―― 高額紙幣廃止は良いことか。

■良いことだとは思えない。国によっては現金取引を好むため、事情はそれぞれだ。また、マネーの流れを電子取引に移して追跡するために規制当局が高額紙幣廃止を好むのは論を待たないが、中央銀行はシニョレッジ(通貨発行益)という  大きな収益源が減る。減収分は政府が補填しなければならない。だが、そうした矛盾を解決する政府内調整は可能だと思う。

QEと景気好転の因果は不明

── FRBが、利上げや資産縮小にあたり留意するべき点は。

FRBは市場にその意図を明確に知らせている。FRBの量的緩和(QE)第1弾(QE1)を除き、私はQEを支持していない。

 

── QEが目標を達成しなかったと?

■わからない。「QEに効果があった」と強く主張することはできるし、長期金利に影響をもたらしたことは事実だ。しかし、QEと実際の経済活動に強い因果関係は見られないのだ。エビデンスの欠如のため、私は「QEを実施すべきだ」と言わない。それだけ大規模にやるなら、十分な証拠に基づくことが重要だ。そうしたことを踏まえると、安定した金融正常化(金融緩和の終息)が必要であった。そして現在、FRBはその途上にある。だから世界中から引き締めを遅らせるよう大きな圧力を受けているFRBの正常化路線は称賛されるべきだ。出口戦略は重要だし、米経済は可能な限りの成長を続けている。また引き締めによるドル高で、(輸出面などにおいて)他国を手助けする役割も果たしている。

 

―― この時点での引き締めが、不必要に米経済を冷やすとの論調もある。

■金利の方向が急激に変われば、比較的安定した成長や景況感を冷やす懸念はある。だが、米労働市場は非常に引き締まっており、雇用主は十分な数の働き手が見つからない状況だ。賃金の上昇はどこかの時点で必ず現れる。賃金が上昇を始めても、すぐに物価が力強く上昇するわけではないが、いずれそうなる。これらを総合的に考えれば、FRBはインフレについて1~2年先を予想して行動しなければならない。政策の効果がそれくらいのズレを経て表れるからだ。

 

── 物価が上がらないことに対しては、市場で懸念も強い。

■物価上昇率が急に予想より高い状況になれば、FRBは後手に回ったと見られてしまう。そうなれば、実際の経済活動や資産価格が崩壊するなど大きな悪影響が出る。現在の環境下では、インフレ率が今すぐに高まらなくても、いずれ強まる将来を見越さなければならない。人々は、「インフレなど存在しないではないか」などと言うだろう。だが、賢明な金融政策立案者は、経済の法則、いや、規則性と言うべきか、によって、供給が引き締まれば物価は必ず上がることを否定しないものだ。

 

── それが、イエレンFRB議長が言う「インフレの謎」に対するあなたの答えか。

■私の答えは、FRBの考え方をはっきりとした形で説明したと思う。つまり、ミステリーは残っても、ミステリーが解決されるのを待つことはできない。 経済の法則は、不規則性が一時的に観察されても、いずれ明確化する。それがFRBの考えの表側にあることだ。一方で、裏側では、相当に緩和的な政策によってマネーがあふれている現状を懸念しているはずだ。金利がこの低レベルで長くとどまれば、(レバレッジが膨らみ、システミックリスクの恐れが高まるなど)金融システムに次の問題が起こるからだ。

 

── 米株式市場についての懸念は。

■私自身は今、投資を引き揚げたりしないが、より多くの投資をするかと言えば「ノー」だ。専門家は「バブルで過大評価されすぎだ」「世界経済の成長はまだ続くので過小評価されている」など両方の意見を述べている。私は株価の予測はしないのだが、株式投資で大切なのは、何かに過剰依存しないよう十分ヘッジした上で、ポートフォリオを多様化しておくことだ。

 

―― FRBの金融引き締めが新興国にもたらす影響は。

■歴史的に見て、米金融政策の引き締めは、ある程度の資金の逆流を起こす。だが、過去の事例が今回も同じ形で繰り返すとは限らない。米国が慎重に引き締めを続けても、日欧など他の先進国ではいまだ比較的金利が低いため、新興国への投資はより高いリターンをもたらし続ける可能性がある。いくらかの資金逆流は起こるが、パニック的なものにはならないということだ。

 

―― 新興国はFRBの引き締めに備えているのか。 

■ほとんどの新興国は準備ができている。また、(緩和的な金融環境下で与えられた猶予を利用して) ショックに備える緩衝システムも築いてある。ただ、対外債務の大きいトルコや財政赤字が膨らんだブラジルなど、現時点で危機ではないが、FRBの引き締めで問題が起こる脆弱性を持つ国がある。未解決の問題を直しておくべき国がある。金融が引き締まってくれば、借金レベルの高い企業や家計の問題が顕在化してくる。 

 

 

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 ■人物略歴

 Raghuram Rajan

 

 1963年、インドのマディヤプラデシュ州生まれ。米マサチューセッツ工科大学博士号。シカゴ大学経営大学院教授や国際通貨基金(IMF) チーフエコノミストを経て、201316年にインド準備銀行総裁。1516年に国際決済銀行(BIS) 副議長も兼任。 現在はシカゴ大学経営大学院教授。近著『I Do What I Do』では、インドの高額紙幣廃止にも触れている。54歳。