満期なき株ETFの売却は難しい=左三川郁子〔出口の迷路〕金融政策を問う(16)

日銀は国債だけでなく、株式も大量購入している。すでに保有額は22兆円を超え、出口の困難になっている。

 

左三川郁子(日本経済研究センター金融研究室長)

 日銀は2016年9月に長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)政策を導入し、金融政策の操作目標をマネタリーベース(量)から金利に切り替えた。それまで年間80兆円としていた長期国債の買い入れ目標を「めど」に改めた結果、買い入れ額は年間60兆円程度まで減少した。

 

 しかし、株価指数連動型上場投資信託(ETF)や不動産投資信託(J-REIT)などリスク性資産については、買い入れのペースを変えていない。特に、ETFは16年7月に買い入れ額(保有残高の年間増加額)を約6兆円に倍増し、日銀は国債市場と並びETF市場でも最大の買い手となっている。ETFの保有額は1711月末で22・2兆円、時価総額でみた日銀の保有シェアは74%に上昇している。黒田東彦総裁は171031日の会見で「株式市場の時価総額では3%の保有であり、現時点では大きなリスクはない」と語ったが、ETFを買い続ける必要性を疑問視する声も少なくない。

 

 そもそも中央銀行がリスク性資産を買い入れる目的は何か。黒田総裁はETFの買い入れについて「現在の長短金利操作付き量的・質的金融緩和という金融緩和の枠組みの一つの要素であり、株式市場のいわゆるリスクプレミアムに働きかけることを通じて、経済・物価にプラスの影響を及ぼしていくことが実施の目的」と説明している。

 

 リスクプレミアムとは、将来の不確実性の対価として上乗せされる金利や価格を指す。リスクプレミアムが小さくなれば、投資家は安心して株に投資できるし、企業にとっては同じ発行株式数でより多くの資金を調達できるようになる。

 

 では日銀は具体的にどの指標をリスクプレミアムと考えているのか。ここでは株式益利回り(1株当たり利益〈PER〉を株価で割ったもの)と安全資産利子率(10年物国債の流通利回り)の差をリスクプレミアムとしてみよう。投資対象として最も安全なものの一つと考えられている国債との利回りの差を、株式におけるリスクの上乗せ分と考えるのが妥当だからだ。

 

 株のリスクプレミアムは、アベノミクスが始まる前の12年夏ごろから、量的・質的緩和が導入された13年春ごろまでは急速に縮小していたが、量的・質的緩和開始以降は目立った傾向が確認できない。量的・質的緩和の下で長期金利が大幅に低下していた(10年物国債の利回りが低下していた)ため、定義上、リスクプレミアムが拡大しやすい環境にあったことや、長短金利操作の導入以降は長期金利がゼロ%近傍にとどまっているため、株価が上昇してもリクスプレミアムの縮小につながりにくい面もあるだろうが、リスクプレミアムの動きからETF買い入れの効果があったと結論付けることは難しい。

 

 ◇ユニクロの浮動株の6割

 

 日銀は、株価が下落している局面では数日にわたりETFを買い続ける一方、株価が大きく上昇すると、購入を見合わせる傾向にあるようだ(図)。1710月に株価が16営業日連続で上昇した局面では購入を見合わせたため、買い入れのペースが落ちた。黒田総裁は会見で、「特定の株価水準を念頭において、そうした水準を維持するために行っているわけではない」と語ったが、日銀のETF買いが株価を下支えしていることは筆者らの実証分析からも確かめられる。

 

 

 

 日本経済研究センターの金融研究班では、日銀がETFを購入した日としなかった日に分け、東証株価指数(TOPIX)の(1)前日終値から当日前場の終値までの値上がり率と、(2)当日の前場終値から後場終値までの値上がり率を比較した。分析の結果、日銀がETFを買い入れた日の後場は、前場に比べて株価の値上がり率が大きくなる傾向にあることが統計的にも確かめられている。

 

 ETFを大量に購入し続けた結果、日銀は複数の企業で事実上の大株主となっている。日銀が10%を上回る株式を(間接的に)保有する企業の数は1710月末で24社にのぼる。20%以上の議決権を保有している会社を一般に「関連会社」と呼ぶが、日銀の保有割合が2割に迫る企業もある。浮動株ベースで見ると、日銀の保有比率はさらに高まる。衣料品の販売を手がけるユニクロを傘下に持つファーストリテイリング株の保有比率は、浮動株ベースではすでに6割を超えている。日銀が年間6兆円のペースでETFを買い続けると、20年末にはファーストリテイリングの浮動株をすべて買い切る計算だ。市場に流通している浮動株が減ると、個別株の市場流動性が低下し、個別銘柄の価格発見機能を弱めることにもつながりかねない。

 

 日銀は信託銀行を通じてETFを購入しているため、株主総会で日銀が直接議決権を行使することはない。しかし、コーポレートガバナンス(企業統治)機能の低下を通じて、企業の経営判断に少なからず影響を及ぼしている可能性はある。

 

 ◇バランスシートから切り離す

 

 リスク性資産を保有することによる日銀の財務への影響も軽視できない。日銀の17年度上半期決算報告資料によると、9月末時点での含み益(評価損益)は4兆2710億円だった。筆者らの試算では、11月末には5兆9264億円の含み益が発生している模様だ。しかし、株価が仮に1410月の追加緩和前の水準(日経平均で1万6000円台)に下がれば、ETFの含み益は消失する。大きな経済ショックがなくとも、含み益がなくなる可能性は十分にある。

 

 株式は国債と違って満期償還がないため、売らなければ保有し続けることになる。金融正常化の過程で、日銀がETFを市場で売却するとアナウンスすれば、その時点で株価を大きく揺るがしかねないし、現在の保有規模を考えれば売却は長期間に及ぶ可能性が大きい。その間、日銀の財務は価格変動リスクや信用リスクにさらされ続ける。日銀はリスク性資産をどうやってバランスシートから切り離していくのか。

 

 一つの選択肢として銀行等保有株式取得機構に売却することが考えられる。同機構はバブル経済崩壊後に、銀行のリスク要因として浮上した企業との株式持ち合いをスムーズに解消するために02年に設立された。日銀は市場を介さず時価で売ることができるため、株式市場への影響を抑えながら出口戦略を進めることができる。しかし、同機構が日銀からの買い受けを可能にする制度変更が必要になるほか、財源の問題や日銀から買い取ったETFをどうやって投資家に売却するかという問題などが生じる。

 

 それ以外にも、日銀が保有したETFを個別株に交換し、企業側に自社株買いを促すなどの方法が考えられる。

 

 いずれにしても20兆円規模のETFを最終的に売却するには、相当の時間を要するとみられる。また、自社株買いに関しては、中央銀行が企業の経営判断に踏み込む財政政策の色彩を帯びた措置を、国会の議決を必要としない金融政策として採用してよいのかという問題も浮上しかねない。

 

 日銀がETFを大量に購入し、保有し続けた結果、17年度上期には2560億円の配当金(分配金)収入を手にした。16年度1年分の1・5倍に相当する規模である。日銀はリスク性資産の出口についての方針を早めに示すとともに、多額の運用益が得られている間にETFの分配金収入を含む運用益の一部を引当金として積み立てておくなどの準備が必要だろう。

 

(左三川郁子・日本経済研究センター金融研究室長)

 

 ◇さみかわ・いくこ

 

 

 1967年生まれ、福岡県出身。90年英ロンドン大学SOAS法学部卒業、日本経済新聞社入社。97年日本経済研究センター出向。2004年一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了、10年慶応義塾大学大学院商学研究科博士課程単位取得退学。同センター主任研究員などを経て16年から現職。著書に『量的・質的金融緩和』(共著)、『マイナス金利政策』(共編著)など。