金融緩和政策に「限界」はない=嶋津洋樹〔出口の迷路〕金融政策を問う(17)

今の段階で金融緩和を縮小すれば、日本経済は再び総需要の減少と雇用の悪化、物価の低下に見舞われかねない。

 

嶋津洋樹(MCPチーフストラテジスト)

 

 

金融緩和政策には限界があるという議論がある。ここでいう「限界」とは、総需要の停滞とともに雇用情勢が悪化し、物価が低下するなど、経済が緩和的な金融環境を必要としているにもかかわらず、中央銀行がそれを提供できない状態を指している。「弾切れ」と表現されたりもする。

 たとえば、かつては政策金利がいったんゼロまで引き下げられてしまうと、一段と緩和的な金融環境を作り出すことは不可能だと考えられていた。不可能でなくても、かなり困難だとの見方は少なくなかっただろう。

 

 バーナンキ前米連邦準備制度理事会(FRB)議長は2017年5月のリポートのなかで、たとえ中央銀行がこうした「弾切れ」に陥ったとしても、金利の一段の引き下げや通貨の下落(為替安)、株価の引き上げ、または予想物価上昇率を押し上げることで緩和的な金融環境を作り出せると述べている。

 

 具体的には、政策金利をマイナスにすること、中央銀行が長期間にわたって低金利を維持すると約束したり、残存期間の長めの国債を購入したりすることで、長期金利を引き下げること、株式などの金融資産を購入することなどが考えられるだろう。

 

 それでも芳しい効果が得られない場合は、中央銀行が政府と協力することも提案している。政府が中心となって民間企業に賃上げを要請することや、財政支出に伴って政府債務の対国内総生産(GDP)比が上昇し、金利が上がった時に、中央銀行が金融緩和でそれを抑制する方針を示すことなどを念頭に置いているようだ。こうしたバーナンキ前FRB議長の考え方は、経済が緩和的な金融環境を必要としている限りにおいて、金融緩和政策には「限界」がないことを示している。

 

 もちろん、中央銀行が政府と協力する場合、中央銀行が単体で緩和策を実施する場合に比べ、「中央銀行の独立性」を損なうリスクは避けられない。しかし、バーナンキ前議長は「中央銀行の独立性」について、それ自体が目標ではなく、手段に過ぎないと言い切る。

 

 さらに、FRB議長を退任した直後の自著では「国家の長期的なメリットのために、政治家からはまったく支持されない決定を下す。これこそが、政治から独立した中央銀行であるFRBの存在意義ではないか。FRBはまさにこの目的のために作られたのだ。他の誰もできない、あるいはやろうとしないことをするために」とも記している。

 

 つまり、「中央銀行の独立性」はあくまで、国家の長期的なメリットといえる総需要と雇用の安定を、物価を通じて達成するためのものであって、その逆ではないのである。バーナンキ前議長のこうした考えに基づけば、総需要と雇用が物価の低下とともに悪化し続けた「失われた20年」は、日本銀行が十分に緩和的な金融環境を作り出さなかったことに原因の一端があると言えるだろう。

 

 ◇成功した異次元緩和

 

 日銀が黒田東彦総裁の下で採用した「量的・質的金融緩和(QQE)」に始まる一連の「異次元緩和」は、それまでの限界を突破し、日本経済が必要とする緩和的な金融環境を作り出したという点で画期的であった。総需要と雇用が増加し、物価も「デフレとは言えない」ところまで回復したのは、一連の「異次元緩和」が日本経済の必要とする緩和的な金融環境を提供したことの証左と言えるだろう。

 

 もちろん、「デフレとは言えない」ことと、デフレから完全に脱却したこととは同義ではない。それどころか、2017年11月の消費者物価(CPI)は前年同月比0・6%上昇と、日銀が「物価安定の目標」として掲げる「前年比上昇率2%」の未達は明白だ。このことは、日本経済が依然として緩和的な金融環境を必要としていることを示すだろう。

 

 過去の日本の物価が1%近辺で推移していたことや、最近の欧米の物価が停滞していることを引き合いに、現在の日本で2%の物価目標を達成することは困難との主張もある。しかしこの主張は、予想物価上昇率の違いを考慮に入れていない。現在の日本と欧米の予想物価上昇率の違いは言うまでもないが、沖本竜義・オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院准教授の研究では、1985年から95年までの日本の予想物価上昇率は1・5~2・0%程度と比較的高く、安定的であったことが示されている。つまり、日本は欧米と違い低物価上昇率の国だと考えている人が多いが、それは思い込みに過ぎず、欧米並みの2%程度のインフレ目標を設定することは決して不合理ではない。

 

 そもそも、物価目標の達成が困難との状況を踏まえた海外での議論の主流は、目標とする物価上昇率の引き上げや、物価目標の未達期間に応じて、目標を上回る物価上昇率を許容する物価水準目標の導入など、インフレ目標政策を強化することである。今の段階で緩和的な金融環境を縮小すれば、日本経済は再び総需要の減少と雇用の悪化、物価の低下に見舞われかねない。

 

 それではなぜ今の段階で金融緩和政策を縮小し、出口へ向かう必要があるのだろうか。筆者が見る限り、共通するキーワードは「副作用」のようだ。たとえば、日銀が国債を購入し続けると、流動性が低下し、いつでも売れるという安心感がなくなるなどの理由で買い手が減り、かえって長期金利の急騰(国債価格の暴落)という「副作用」を招くというものが典型だ。

 

 

 

 ◇副作用批判の矛盾

 

 しかし、少し考えてみればわかることだが、日銀が国債を購入し続けるのであれば、買い手の減少は問題にならない。極端に言えば、日銀がすべての国債を購入すればよいだけのことである。そもそも国債の価格は売り手と買い手の言い値が一致して決まる。日銀という買い手がいる限り、売り手がいなくなって国債価格が暴騰(長期金利の急低下)することはあっても、国債価格の暴落というのは起こり得ない。

 

 このように言うと、長期金利の急低下が財政規律の弛緩(しかん)という「副作用」を通じて、ハイパーインフレを引き起こすとの批判が出る。しかし、日銀が国債を購入するのは金融緩和政策を通じて「物価安定の目標」を達成するためである。しかも日銀が「物価安定の目標」として掲げる2%は、それが未達の状態とハイパーインフレとの間にあるはずだ。2%目標が達成されれば日銀は緩和をやめ、必要に応じて引き締め措置を講じる。なぜいきなりハイパーインフレになるのだろうか。

 

 あるいは別の批判として、国債には金融取引などに絡む一定の需要があるため、日銀がすべてを購入することは不可能だとの見方もある。日銀が買いたくても、売ってくれる投資家がいなくなり、日本経済が必要とする緩和的な金融環境を十分に提供できなくなってしまうという考え方だ。しかしその一方で、すでに述べたように日銀が国債を購入し続けると、買い手がいなくなるという「副作用」が懸念されている。両者は明らかに矛盾している。

 

 ここで掲げた「異次元緩和」が国債価格の暴落やハイパーインフレをもたらすという批判は、それぞれ説明がつかないところがあるうえ、相互に矛盾を抱えている。

「異次元緩和」は、それまでの日銀の金融緩和政策と異なり、日本経済が必要とする緩和的な金融環境を提供することで、総需要と雇用を回復させ、物価をプラス圏に引き上げることに成功した。とはいえ、デフレからの脱却に成功したとは言えず、「物価安定の目標」には依然として距離があるのも事実だ。このことは、日本経済にとって依然として「異次元緩和」が必要なことを意味するだろう。

 

「異次元緩和」が国債価格の暴落やハイパーインフレを招くという批判は、緩和的な金融環境の早過ぎる縮小を招きかねず、日本経済を再び総需要の減少と雇用の悪化、物価の低下という事態に陥れかねない。

 

(嶋津洋樹・MCPチーフストラテジスト)

 ◇しまづ・ひろき

 

 

 1974年宮城県生まれ。98年明治大学法学部卒業、三和銀行(現三菱東京UFJ銀行)入行。三和総合研究所(現三菱UFJリサーチ&コンサルティング)、みずほ証券、BNPパリバ・アセットマネジメント、SMBC日興証券などを経て、2016年から現職。著書に『アベノミクスは進化する』(共著)など。