特集:みんなの「労働法」 2018年2月20日号

 対応できない会社はつぶれる!

 高まる労務リスクに必要な備え

 

 労務に詳しい社会保険労務士や弁護士のセミナーが今、各地で大盛況だ。

36(サブロク)協定の内容を、皆さんの会社の管理職は知っていますか。皆さんはよく分かっているつもりでも、疑ってください。知らないほど怖いものはありませんよ」――。

 

 

 東京・丸の内のオフィスビルで1月25日に開かれた「『働き方改革』の実現に向けたセミナー」。講師となった三井住友海上経営サポートセンターの経営リスクアドバイザーで、社会保険労務士の斎藤英樹さんの声が響く。

労務や働き方改革のセミナーに高い関心が集まっている

 

 東京商工会議所共済センターの主催で、会員企業の労務担当者ら約130人が参加。すでに1カ月前に定員を超える申し込みがあり、参加者の枠を増やして対応したという。

 

 斎藤さんが言及した「36協定」とは、労働基準法第36条で定める時間外・休日労働についての労使協定のこと。36協定のない時間外・休日労働や協定を超える時間外労働も違法になる。

 

 斎藤さんは管理職向けに自社の36協定についてのペーパーテスト実施などを提案した。これら労務上の社内体制の見直しと同時に斎藤さんが強調したのは、労働時間を減らしても生産性を維持・向上する手を打つこと。仕事の段取りを部下と共有するなど具体的に対策を示し、参加者のメモを取る手が止まらない。

 

 セミナーに参加した都内のあるメーカーの労務担当者は、「労働時間の長い部署が一部あり、労働時間削減のため何かできることはないかと申し込んだ」と話す。同時に悩ましく感じているのは、新卒採用などで労働条件や福利厚生が重視される傾向が強まっていること。「労働条件などが悪いと感じられてしまうと、口コミなどでどんどん広がる可能性がある。今のうちに是正できることはやりたい」と危機感を強めた。

 

 ◇「人手不足倒産」も

 

 企業側に労務への意識が高まる背景の一つには「人手不足」がある。

 

 

 厚生労働省が1月30日に発表した2017年平均の有効求人倍率は前年比0・14ポイント上昇して1・50倍となった(図1)。上昇は8年連続で、統計史上過去最高だった1973年の1・76倍に次ぐ2番目の高水準。また、1712月の有効求人倍率(季節調整値)は1・59倍に達した。総務省が発表する完全失業率も、17年平均で2・8%と7年連続で改善し、少子化や景気拡大を受けて人材の“争奪戦”が激しさを増している。

 

 

 仕事があるにもかかわらず、人手が足りずに倒産に至る「人手不足倒産」も増えている。帝国データバンクによれば、17年の人手不足倒産は前年比34件増の106件。2年連続の増加で、人手不足倒産を調査し始めた13年(34件)に比べれば3倍となった。業種別に見ると建設業が29件と最多で、サービス業の27件と続く(図2)。

 

 

 帝国データバンク東京支社情報部の内藤修副課長は「雇用を確保するために人件費が高騰し、企業側の負担が増えている。人手不足倒産は今年も増えていくだろう」と見る。

 

 帝国データバンクが人手不足倒産に分類した事例の一つが、負債約3億円を抱えて大阪地裁から昨年12月、破産開始手続き決定を受けた防災設備工事業者、クラシタ電気設備(大阪市)だ。好調な建設市況を受けて16年9月期には売上高約6億1000万円を計上したものの、職人不足から外注費が増加。価格競争も激しく、資金繰りが限界に達した模様だ。良い労働条件を求めて働き手が流れ、多くの企業が新規採用難ばかりでなく社内の人材も流出する事態に直面している。

 

 労働条件や働き方の改善に積極的に取り組む会社も出てきている。オリックスは今年4月から、国内のグループ14社で平均3・3%の賃上げとなる月額1万円のベースアップを実施。賃上げは5年連続となるほか、5営業日以上の連続休暇を取れば奨励金を支給する「リフレッシュ休暇取得奨励金制度」で奨励金を一律5万円に引き上げる。グループ人事・総務本部の三上康章本部長は「働き方の見直しで平均残業時間も短くなっており、生産性が上がった分を社員に還元したいと考えた」と話す。

 

 ◇「働き方改革」の圧力

 

 J・フロントリテイリング(JFR)は昨年6月、傘下の大丸松坂屋百貨店など2社の有期雇用社員約1600人を、原則として無期雇用の「専任社員」に転換した。売り場に立つ販売員が中心で、賃金は正社員の8390%ほどだが、その他の待遇はほぼ同じ。労働契約法改正で今年4月から、同じ企業で5年を超えて働く有期雇用労働者が申し込むと無期雇用に転換する「無期転換ルール」が始まるのを前に、「優秀な人材確保のため」(JFRグループ人事部の梅林憲部長)と一歩を踏み出した。

 

 1月22日に開会した通常国会で、政府は働き方改革関連法案を最大の目玉に位置づけ、安倍晋三首相は「戦後の労働基準法制定以来、70年ぶりの大改革」と意気込む。

 

 関連法案では、同一労働同一賃金の実現や時間外労働の上限規制などを盛り込んだ。厚労省は中小企業については影響が大きいとして、残業上限規制は20年度から、同一労働同一賃金は21年度からの適用と、現在の予定からそれぞれ1年延期する方針だが、働き方の見直しに残された時間は少ない。

 

 ◇労基署の監督強化

 

 労務への関心が高まるもう一つの背景が、労働基準監督署が長時間・過重労働への監督を強化していることだ。1512月に電通の女性新入社員が過労自殺したことや、政府の働き方改革への旗振りを後押しに、業種などの「聖域なく」(労基署関係者)長時間・過重労働に厳しく目を光らせるようになった。最近目立つのは、IT・メディア業界や大規模病院など医療業界に対する是正勧告だ。TBSに対しては今年1月、36協定を超える時間外労働をさせたとして、三田労基署が是正勧告した。

 

 また、日赤医療センター(東京都渋谷区)には渋谷労基署が昨年3月、同様に医師に対して36協定を超える時間外労働をさせたとして是正を勧告。北里大学病院(相模原市)も相模原労基署が昨年12月、就業規則で医師の勤務時間を定めず、違法な残業をさせたとして是正勧告した。ある病院関係者は「勤務時間も忘れて熱心に仕事に取り組む医師が多く、そうした医師に医療体制は支えられている」と話す。ただ、賃金は比較的高額であっても、医師も労働者であることには変わりない。

 

 杏林大学病院を運営する杏林学園(東京都三鷹市)も昨年10月、三鷹労基署から医師に36協定を超える残業をさせ、残業代も不足していたとして是正勧告を受けた。杏林学園が対象となった医師約600人に対し、昨年4~9月分の残業代の割り増し分として支払った金額は約3億円にのぼる。医師でなくとも可能な業務を看護師などへ移したり、勤務時間を細分化して24時間のシフト勤務を確保する変形労働時間制を医師にも導入するなどしたという。

 

 労務や働き方は、会社経営や働く人の人生を大きく左右するリスクとなった。事業主も労務担当者も、働く人も皆、無知ではいられない。

 

(成相裕幸・編集部)

 

(桐山友一・編集部)

週刊エコノミスト 2018年2月20日号

発売日:2018年2月13日

定価:620円