第67回福島後の未来:「脱炭素革命の衝撃」の全貌 欠落する日本の危機感

脱炭素という新たなルールに世界の産業界やビジネスが移行する中、日本は取り残されている。

 

堅達京子(NHKエンタープライズ・エグゼクティブプロデューサー)

 2017年12月放送のNHKスペシャル『激変する世界ビジネス“脱炭素革命”の衝撃』は、大きな反響があった。世界のビジネスルールが“脱炭素”へと激変するスピードと、石炭依存を続ける日本とのギャップを伝えたところ、多くの視聴者から、文字通り「衝撃を受けた」という声が届き、「脱炭素」はツイッターのトレンドワードにもなった。


 私たち取材班は、17年11月にドイツのボンで開催された国連気候変動枠組条約第23回締約国会議(COP23)に参加する日本企業40社余りのネットワーク「J─CLP(日本気候リーダーズ・パートナーシップ)」の訪問団と現地に赴いた。15年のCOP21で合意したパリ協定は、ビジネス界への大きなサインとなり、会場には世界中から大勢の経営者がやってくる。


 勢いがあるのは中国だ。新興企業のパンダ・グリーン・エナジーの李原・最高経営責任者は、パンダをかたどったメガソーラーの売り込みに駆け回っている。胸には15年に国連で採択された持続可能な開発目標「SDGs」のバッジをつけ、国連も巻き込んで世界進出を目指すと英語で言い切る姿は、温暖化に後ろ向きだった中国のイメージとは隔世の感がある。


 実際、ソーラーパネルの世界シェアトップは中国。風力タービンでも世界3位で、その技術性能を誇っている。この分野で一時期優位にいた日本は、いつの間に後れを取ったのかと、悔しい思いも湧いてくる。

 

 ◇米脱退表明の影響は杞憂

 

 だが、一つ疑問もあった。トランプ米大統領の姿勢だ。「パリ協定成立の大きな原動力となった米国による17年6月の脱退表明は、脱炭素化の流れを減速させるのではないか?」との懸念は、いい意味で裏切られた。


 今回のCOP23の陰の主役は、米国を代表する企業やカリフォルニア州など非政府組織で作られた「We are still in(私たちはパリ協定にとどまる)」だ。前ニューヨーク市長のマイケル・ブルームバーグ氏らが私財を投じて建てた巨大なパビリオンは熱気に包まれていた。マイクロソフト、コカ・コーラ、ウォルマート、そしてウォール街のメガ金融機関などそうそうたる企業が「真剣に脱炭素に取り組む」と具体的な数字を挙げ次々と宣言していく。


 米国の変化の背景には、巨額の損失が生じたハリケーン被害や、カリフォルニア州での未曽有の山火事など、気候変動がビジネスの基盤そのものを揺るがしかねないという共通認識がある。日本人がイメージする「地球に優しい」といったエコ活動やCSR(企業の社会的責任)部門の仕事ではなく、経営の主流として取り組まなければ企業の存続にかかわるという危機感だ。


 それを強く教えてくれたのは、50兆円を運用する英運用会社アビバ・インベスターズの最高投資責任者スティーブ・ウェイグッド氏だ。「気温が4度上昇するような世界では、保険業は成り立たない。だからこそ、石炭からは投資撤退する」と言う。


 そして、まさに私が衝撃を受けたのは、彼の口から日本のJパワー(電源開発)の名前をはっきりと聞いた瞬間だった。ノルウェー政府年金基金などの機関投資家が、「ダイベストメント」と呼ぶ石炭からの投資撤退の動きを加速させ、その中には、日本の大手電力会社も含まれていることは知っていたが、目の前で通告されるとやはりショックだった。


 というのも、この動きは一企業が進めていることではなく、“国策”であるからだ。


 実はCOP23で、J─CLPが最初に面談したのは、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の前事務局長でパリ協定の生みの親とも言われるクリスティアーナ・フィゲレス氏だ。彼女は、日本政府の面々も居並ぶ中で、こう言ったという。


「脱炭素社会という行き先に向けてもう飛行機は飛び立った。途中、乱気流に巻き込まれることもあるだろう。でも行き先は変わらない」


 そして、その流れに逆行して発展途上国への石炭火力発電所の輸出を続ける日本の政策に対し、痛烈な批判をしたと聞く。


 この逆風は、日本国内にいては、ほとんど感じない。実は日本人の多くには根本的な認識が欠落している。世界は、パリ協定で気温の上昇を産業革命前から2度未満に抑えるためには、燃やすことのできる化石燃料の量(カーボンバジェット)は残りわずかであり、25年ほどで上限に達してしまうとしっかり理解している。数十年使用する石炭火力発電所などは、市場や社会環境の変化によっていずれ価値が大きく減る“座礁資産”になると投資家たちの間では織り込み済みだ。


 しかもこの1年、アラブ首長国連邦(UAE)のスワイハン太陽光発電プロジェクトに代表されるように、再生可能エネルギーの価格は劇的に低下し、あと数年で平均でも確実に石炭火力より安くなると予測されている。そんな時代に、「いかに高効率だからといって石炭火力を途上国に輸出するのは、ガラパゴスにならないか」というのが海外の率直な声だ。

 ◇想像上回る世界の変化

 それだけではない。今、米国IT大手アップルをはじめ世界的な大企業の多くが「RE100」という再生可能エネルギー100%で事業運営を行うイニシアチブに参加する。アップルはすでに世界23カ国で100%を達成した。世界全体の達成率は96%で、達成できていない残りの多くが日本のサプライヤー(部品供給企業)だ。日本の大手企業も、正直プレッシャーを受けていると告白している。


 今回の番組でも、脱炭素にまい進する宅配大手DHLの取引先でもあるリコーの加藤茂夫執行役員が番組の中でこう吐露している。「もしできなければ、世界のバリューチェーン(価値連鎖、取引網)からはじき出されると痛感した」。


 脱炭素という新たなルールに世界ビジネスが移行する中、一人その圏外にいることはあり得ないだろう。やがては「石炭火力で発電した電力でつくった部品は買わない」という制約さえ当たり前になるような時代が、すぐそこまで迫っているのだ。


 私自身、この10年以上、気候変動の問題を伝え続けてきたが、今の世界の変化のスピードには驚かされている。その一方で、再生可能エネルギーへとかじを切れないでいる日本の現状には、強い危機感を覚える。


 例えば、福島の原発事故であれほどの被害を受けながらも、再生エネで地域をよみがえらせようと努力している地元の地域エネルギー会社が風力発電に挑もうというのに、「送電線に空き容量がない」とか、「新規に送電線を設けるのに数億円投資できないなら諦めろ」といった現実が立ちはだかるのは、どこか進む方向が間違っているのではないか。番組では、戸田建設の洋上風力発電の技術者、佐藤郁氏が思わず涙するシーンが印象的だったが、そこには、自分一人の力では国策を変えることができない悔しさがあったのだと思う。


 今こそ石炭との決別を表明し、適切な電力送配電網改革に投資することで再生エネを基盤にする社会を目指さなければ、世界から取り残されることは必至だ。というよりも本来、電気自動車(EV)や人工知能(AI)、あらゆるものがインターネットにつながるIoTといった日本が得意とする技術を駆使したスマートなインフラなどは、脱炭素時代の巨大なビジネスチャンスなのだ。


 今ならまだ間に合うはずだ。未来世代のためにも、真の「環境先進国」を目指して、スピード感のある転換を求めたいと思う。

◇げんだつ・きょうこ


 1965年福井県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。1988年にNHK入局。報道局や編成局などで「NHKスペシャル」などのディレクターを務め、その後、プロデューサーとして気候変動問題に取り組む。2017年より現職。日本環境ジャーナリストの会会長。