終わりなき緩和が新陳代謝を妨げる=加藤出〔出口の迷路〕金融政策を問う(24)

「気合」を示すため、目標達成まで続ける「オープンエンド」としたゆえに、緩和から抜け出すきっかけがつかめない。

 

加藤出(東短リサーチ・チーフエコノミスト)

 日銀が黒田東彦総裁のリーダーシップの下で超金融緩和策を開始してからこの4月で丸5年が経過する。しかし、2%のインフレ目標達成を実現するというこの政策の主目的はいまだ達成されていない。日銀にとっては誤算続きの5年間だったといえる。


 2013年春に日銀は、国債大規模購入などによってマネタリーベースを2年で2倍の260兆円とすれば、2年程度でインフレ目標は達成されると宣言した。マネタリーベースは現在470兆円前後だが、家計や企業がインフレ予想を持続的に高めることは生じていない。


 16年9月に日銀はQQE(量的質的緩和策)をYCC(イールドカーブ・コントロール、長短金利操作)へと改変した。これは、金融政策を「短期決戦型」から「持久戦(または籠城(ろうじょう)戦)」へシフトすることに趣旨があった。


 黒田総裁はこの4月9日から2期目の次の5年間を迎える。3月2日に同氏は衆院議院運営委員会で「2%の物価安定の目標の実現への総仕上げを果たす」と述べた。


 しかし、日銀政策委員会のコアCPI(生鮮食品を除く消費者物価指数)前年比予想は、過去5年の間、激しく下方修正され続けた(図)。日銀のインフレ目標達成時期予想もこれまで6度も先送りされている。


 これがもし民間企業で、売り上げ目標が5年たっても全く実現できない場合なら、経営陣の続投はあり得ないだろう。そうでなければ、「そもそも目標自体に無理があったのではないか」と見直しが行われると思われる。


 ところが、安倍政権は黒田総裁の再任に加え、リフレ派経済学者である若田部昌澄早稲田大学教授を副総裁の一人に選んだ。インフレ目標の再考も行われない見通しである。


 おそらく政府にとって、2%のインフレの実現は実際のところ重要ではなく、かつ、リフレ派の主張が破綻していることも問題ではないのだろう。それよりも、達成が難しいインフレ目標に向けて日銀が全力で緩和策を続け、それにより国債発行金利が超低位に維持され、株高や円安となることを期待しているのだと推測される。


 この5年間の日銀の政策の問題のひとつに、期限を定めない「オープンエンド式」を乱発してしまった点が挙げられる。ECB(欧州中央銀行)やイングランド銀行が、いわゆる量的緩和策(QE)において同方式を採用したことはない。開始時に証券購入額や購入継続期間を定めてきた。

 

 ◇緩和の長期化を避けたFRB

 

 FRB(米連邦準備制度理事会)のQE1、QE2なども同様である。唯一、12年12月に導入されたQE3だけは、終了時期を示さず、「雇用市場が十分に回復するまで継続する」との決意を示すオープンエンド式が選択された。ポーカーの「オールイン」(全額勝負)の心境だったとバーナンキ議長(当時)は自伝『危機と決断』に書いている。日本語でいえば「清水の舞台」から飛び降りる覚悟だったといえる。


 ただし、13年に入って早々に、パウエルFRB理事(現議長)を含む3人の理事がバーナンキ氏に対し、オープンエンド式は危険だと強く進言し始めた。FRBのバランスシートが際限なく膨張し、出口政策時に収益が悪化すると、米議会がFRBの独立性を剥奪する動きに出ると想定されたためである。またFRBの国債購入継続が金融市場でリスクの取り過ぎを煽(あお)ってしまうことも懸念された。


 3人の主張があまりに強かったため、バーナンキ氏はQE3開始からわずか2カ月後の13年2月の議会証言で同政策のリスクを強調し、同年5月にテーパリング(縮小)を明確に示唆した。実際、同年12月に縮小を開始している。つまり、FRBはオープンエンド式の採用によって退路を断つ「気合」を一時は示したものの、先行きのリスクに気がついて早々に臆面なく軌道修正を行ったのである。


 一方、黒田体制下の日銀は、金融緩和手段のほとんどを、インフレ目標が達成されるまで継続するオープンエンド式としてきた。目標達成に向けた「気合」「根性」を示し続けることが重視されてきた。しかし、残念ながらそれがインフレ予想に与えた影響は確認されず、逆にやめるきっかけがつかめないという厳しい現実に直面している。


 せめて、ETF購入額の6兆円への引き上げ(16年7月)は期限を区切るべきであった。ETFは満期がないため、一度購入すると売却しない限り日銀のバランスシートに残り続けてしまう(長期国債は、かなり時間はかかるが、満期の到来とともに保有額は減っていく)。しかも、ETF購入がインフレ率を押し上げる経路は非常に不透明なのに、日銀はインフレ率が2%になるまでそれを続けると説明してしまった。


 「気合」や「根性」で政策を開始しつつ、落としどころは入念に検討しないという姿勢に、多くの日本の市場参加者は太平洋戦争時の軍部との類似性を感じてしまっている。


 もともと5年前に超緩和策を始めた際、「多少の副作用はあるかもしれないが、2年程度で終わるのなら問題はない」という考えが黒田総裁にあったと推測される。しかし、それが長期化してしまうと、多方面で副作用が深刻化してくる恐れがある。


 第一に、国債を超低金利で発行できるという環境は、政府、議会に感覚麻痺(まひ)をもたらしている。BIS(国際決済銀行)の元チーフエコノミスト、ウイリアム・ホワイト氏は、12年8月に次のように警告していた。「中央銀行が超緩和策で時間稼ぎを行っている間に政府・議会がその“痛み止め効果”に甘えて構造改革を遅らせてしまったら“時間の浪費”となる」。


 まさにそれが今の日本で起きている。プライマリーバランス(基礎的財政収支)の黒字化もなし崩し的に先送りされそうだ。


 第二に、現在のフラット化した長短金利水準が長期化すると、金融機関の経営危機が顕在化してくる。金融緩和策を実施しているのに資金の巡りはかえって悪化する恐れがある。日銀法は日銀に対して、金融システムの安定を求めているが、それに反する奇妙なことが起きてしまう。この問題を和らげるため、日銀は世界経済が失速する前に、10年金利誘導目標を微調整として多少でも引き上げておくべきである。

◇“ゾンビ企業”が生き延びる

 

 第三に、超低金利環境の継続は、経済を浮揚させるのではなく、経済の新陳代謝を止めてしまい、長期的にみて潜在成長率を低下させる方向に働いていると懸念される。


 人手不足がこれほど叫ばれながらも、正社員の賃上げペースがゆっくりとしているのは、超低金利によって倒産や廃止をまぬがれている低生産性の“ゾンビ企業”や“ゾンビ部署”が実はまだまだ日本中にたくさん存在し、そこで働いている人が多いからではないかと推測される。


 前述のホワイト氏も、経済に対して中立的な実質金利の水準である自然利子率が低下しているからといって市場金利を押し下げると、「緩和マネーが潜在成長率を押し下げ、それが緩和マネーをさらに必要とするという、たちの悪い下方スパイラルが発生する」と警告している(16年9月)。


 現行の日銀法が施行されてこの4月で20周年を迎える。同法は日銀に対して、「国民経済の健全な発展に資する」ように金融政策を運営するよう求めている。短期的な景気刺激策に過度に傾注するのではなく、金融政策の限界を意識しつつ、長期的な視野で運営していくことが重要と思われる。

◇かとう・いずる


1965年山形県生まれ。88年横浜国立大学卒業、東京短資入社。短期金融市場のブローカーを務めながら、97年より東短リサーチ研究員を兼務。2002年東短リサーチ取締役、13年2月同社代表取締役社長。著書に『日銀、「出口」なし!』など。