伝統を大切にしつつ挑戦  迫本淳一 松竹社長  

── 松竹の一番のイメージは「男はつらいよ」などを製作した映画会社です。製作のスタンスは。


 迫本 製作力を強化し、他には作れないものを作ることに基軸を置いています。最近では「8年越しの花嫁」がヒットしました。具体的にはオールファミリーで見られるような、温かい気持ちになれるようなものを作っていけたら、と考えています。

── それには何が大切ですか。


 迫本 人ですね。今のプロデューサーで中心となっているのは10年前に外部から入った人たちですが、基本的には自社で養成していきたい。


── 作品力を強化するための新たな仕組みを作ったのですか。


 迫本 脚本を強くしようと専門部門を作る予定ですが、ハリウッドなど外国の映画から学ぶべき点はまだまだあります。現在はマーケット分析をして「売れる」原作を取り上げ、企画段階から宣伝と一体となった戦略を考えるところまで来ています。さらにスケールが大きなものができる流れができればと思っています。


── 大きな企画を全て立てられるプロデューサーを育てると。


 迫本 いい人材が出てくるのを待つ態勢にはしたつもりです。あとはチャンスを与えて何度も挑戦させる。愚直ですがそれが基本だと思い、高い志を持ち続けたい。いきなり人が育つ特効薬はないと思います。


── そんなふうに考えるようになった転換点がありましたか。


 迫本 かつて映画会社は、映画館と契約を結んで年間を通じて番組を提供する「ブロックブッキング」というシステムがありました。このシステムは、安定的に番組を供給できますが、ヒットしない映画でも一定期間上映しなければならないデメリットもあった。このシステムがなくなり、ヒットしたものは上映期間を延長し、だめだったものは打ち切りできるようになりました。


── このシステム転換が、利益向上につながっているのですか。


 迫本 つながっていると思います。「ロード・オブ・ザ・リング」など買い付けた洋画が非常にヒットしましたし、その結果、映画館からの収入が好調でした。


── 自社製作のリスクは。


 迫本 製作は思った通りにいかなかったり、マーケットの状況が変わるリスクもあります。そのため安定的な収益基盤が必要となります。

 

  松竹の売上高は、映画などの映像部門が約6割を占める一方、歌舞伎を中心とした演劇部門が25%、不動産が10%を占める。歌舞伎は日本唯一の運営会社だ。

 

── 2013年に完成した歌舞伎座(東京・東銀座)やビルなど不動産を所有するのは、収益基盤確保のためですか。


 迫本 そうです。歌舞伎座の再開発では、テナントビルを作りました。過去に大船のシネマワールドなど不動産で失敗があり批判もありましたが、順調に進んでおり、コンテンツを作り続ける収益基盤ができています。


── 歌舞伎座の再開発は成功だったわけですね。


 迫本 昨期まで4期連続最高益を出せたのは再開発効果だと思います。

 

  ◇歌舞伎人気が拡大

 

── 歌舞伎の観客が増えたので

すか。


 迫本 増えました。京都の南座など他の劇場での公演も順調で、日本全体に現在の歌舞伎人気が及んだ結果という成功もあります。


── 成功の秘訣(ひけつ)は。


 迫本 先輩たちが努力して毎月歌舞伎が公演できるようにしました。また海外公演で日本への宣伝効果を狙ったり、襲名などのイベントも積極的に開いたりしました。


── 歌舞伎については、どんな取り組みを進めていますか。


 迫本 15年には漫画「ワンピース」を題材にしたスーパー歌舞伎を公演しました。原作者からお話があり、「ぜひ」と進めました。歌舞伎には子どもが喜べる要素はあったと思いますが、これほどはっきりと焦点が当たったことはなかった。原作の世界観も素晴らしく、歌舞伎の新しい側面を開いてくれました。子どものお客様が増えたことは涙が出るくらいうれしかった。小さいときに歌舞伎に触れた人はコアなファンになってくれます。


── 歌舞伎は世界でも注目されているようですね。


 迫本 3年前に米ラスベガスにあるベラージオの噴水で無料公演を行いました。10万人が押し寄せました。今の(松本)幸四郎君が演じ、パナソニックなどの最新技術と組み合わせて、噴水から飛び出すコイをつかんで投げる場面は拍手喝采でした。


── 松竹に入ったきっかけは。


 迫本 経営状態が良くないときに永山(武臣)会長から強い要請を受け、意気に感じて入りました。私の祖父(城戸四郎元社長)との関係もあったと思います。


── どんな会社にしたいですか。


 迫本 歌舞伎は大衆芸能が発祥で、400年続く芸術です。古典のエキスを薄めるべきではない。亡くなった中村勘三郎も「型があるから型破り」と言っていました。まずは(伝統という)型です。型なしになってはいけない。型を破っていく勢いがあるから、また良い型ができるといいます。


  耐震補強してリニューアルする南座でも、外国のお客様にも見てもらえるような、新たな取り組みを計画しています。いいものを大切にしながら挑戦する会社になりたいと思います。
 (構成=米江貴史・編集部)

 

  ◇横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスマンでしたか


A 司法試験受験生でした。受かった自分しか頭にありませんでした。


Q 「感銘を受けた本」は


A 塩野七生さんの『ローマ人の物語』が好きです。帝国を率いるリーダーの悩みに比べると自分の悩みはたいしたことはない、と感じました。


Q 休日の過ごし方


A 家族と食事に出かけます。またジムにも通って水泳やウエートトレーニングをしています。
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 ■人物略歴
  ◇さこもと・じゅんいち
 1953年、東京都生まれ。慶応義塾高校(神奈川県)、慶応義塾大学経済学部、法学部卒業。不動産会社勤務を経て93年弁護士登録。98年松竹顧問に就任。副社長を経て2004年5月から現職。
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事業内容:映画の製作・配給、歌舞伎の制作・興行など
本社所在地:東京都中央区
 設立:1920年
 資本金:330億円
 従業員数:約540人(単体)
 業績(2018年2月期、連結)
  売上高:928億円
  営業利益:64億円