逆ザヤはかじ取りで抑えられる=伊藤隆敏 [出口の迷路] 金融政策を問う(35)

 出口の金利を上げれば、保有国籍の金利収入と超過準備への利払いが逆ザヤとなる。四つのシナリオで損益を推計した。

 

伊藤隆敏(コロンビア大学教授)

 

 日銀は2016年9月に「イールドカーブ・コントロール」(長短金利操作)を導入して以来、2年近くにわたって金融政策を変更していない。一方には、できるだけ早く2%のインフレ目標の達成を目指すべきだという意見(リフレ派)の人たちがいて、他方には低金利と緩和の長期化に伴う「副作用」に留意すべきだという意見(出口派)の人が、日銀審議委員にも、有識者にも存在する。その間で動きづらくなっている。


 「副作用」には大きく二つが挙げられており、出口派も一枚岩ではない。第一の副作用は、金融機関の経営悪化である。第二の副作用は、実際に出口に向かって金利を引き上げ始めた時に起きる日銀の「損失」の問題である。


  日銀の損失という時には、保有国債の「評価損」の問題と、主に国債から構成される資産の受取利子と、主に超過準備からなる負債への支払利子の「逆ザヤ」の問題を峻別(しゅんべつ)して議論する必要がある。
  前者の評価損は、低いクーポンレート(表面金利)の国債を大量に購入してきたことから、今後、市場金利が上昇する時に生じると予測される。しかし、日銀は国債を満期まで保有できるので、評価損が実現損になる(評価損の国債をあえて売却する)可能性はほぼ皆無である。会計上、評価損を計上する必要もない。評価損の問題は無意味なので、議論の対象から外す。


  一方、「逆ザヤ」は、出口の過程で必ず発生するので、以下、詳細に検討する。


  日銀の資産の大半は国債であり、負債の大半は当座預金(法定準備と超過準備)である。18年3月末で資産合計は529兆円。このうち、国債保有高は448兆円である。一方、負債側では、当座預金378兆円と発行銀行券104兆円が、ほぼこれに対応している。


  17年度の日銀の経常収益のうち国債からの受取利息は、1・2兆円程度(公表済みの上半期分を倍にした)。経常費用のうち超過準備預金に支払われる利息は、0・2兆円程度。差し引きした利益は1・0兆円である。一見、「損失」にはほど遠いように見える。


  しかし、今後インフレ率の上昇に伴って政策金利が引き上げられ、長期金利も上昇するとどうなるだろうか。資産側の保有国債の大半は長期国債で、購入時の低い金利が固定しており、市場(新規発行)の長期金利が上がっても、受取利息額はすぐには上がらない。一方、短期金利の上昇が早いほど、負債側の金利支払いが膨らむ。


  では「損失」はどの程度と推計できるのか。推計の信ぴょう性はあくまでも、仮定の蓋然(がいぜん)性にかかっているが、少なくとも、規模感を把握することはできよう。

出口では次々と曲がり角に直面
出口では次々と曲がり角に直面

 ◇物価1%で金利引き上げと仮定

 

  まず、次のような仮定を置く。19年3月までにインフレ率1%を達成し、金利引き上げを開始する。マイナス金利を解消し、19年度は政策金利(コールレート)を0%とする。長期金利は0・1%に引き上げる。18年度の購入額は30兆円、19年度は新規購入額をゼロとし、償還国債はすべて再投資する。計算を簡単にするため、保有する長期国債はすべて固定金利10年国債で、満期までの残存期間構造は、1年から10年まで均等と仮定する。出口(正常化終了)後の均衡金利水準を、長期金利3・5%、短期金利2・5%とし、そこへ到達する速度は、表1のように仮定する。


  20年度以降、償還される国債を新規発行金利の10年物国債に再投資するかどうかについて、二つのシナリオを考える。


 (1)素早いバランスシート縮小
  20年度以降は、満期償還をすべて再投資しない。その時点の保有残高の10分の1ずつ、10年にわたり減らしていく。


 (2)24年度までバランスシートを維持
  24年度まで償還国債はすべて再投資する。25年度より10年かけて保有分をゼロにする。
  16年度の国債利息収入を長期国債残高で割ると、平均金利は0・376%となる。17年3月時点で保有する10年物国債は残存期間にかかわらず、クーポンレートをこの金利と仮定し、一部が満期償還を受けても、残存国債の平均金利は変わらないとする。


  次に、負債側を検討しよう。当座預金には現在4種類ある。第一に、付利のない「法定準備預金」(18年3月の残高9・9兆円)。第二に、補完当座預金(超過準備)のうちマイナス0・1%金利が適用される部分(同28・2兆円)。第三に、0%金利が適用される部分(同122・2兆円)。第四に、0・1%金利が適用される部分で、17年3月の月中平均残高は208・2兆円。法定準備預金は上昇傾向にあるので、毎年5000億円ずつ増加すると仮定する。


  19年3月にはマイナス金利は解除されると仮定しているので、その時点でマイナス金利適用分の当座預金は、0・0%の当座預金に組み込まれる。20年3月には、政策金利が0・3%に上昇と仮定しているので、付利も上昇して、金利0%の法定準備を除く3種類の当座預金は一つになる。ここで二つのシナリオが考えられる。

A)付利は政策金利に一致する


(B)付利は政策金利より0・2%低くする


 資産側と負債側のシナリオを組み合わせた四つのケースについて、日銀の国債保有と超過準備から生じる損益を推計した(図)。単年度でみると、最大の損失はシナリオ2Aの24年度で、4・2兆円である。いずれのシナリオでも23~24年度には単年度で3兆円を超える損失が生じる。17~30年度の14年間の合計損益でみると、最大で12兆円(2A)、最小で3兆円(1B)となる(表2)。シナリオBのように、超過準備への付利を、政策金利より低く抑えれば、大きく損失を抑えることができる。金融機関によってはコール市場での運用より、金利が多少低くても日銀の当座預金の利便性を重視するかもしれない。


  このような試算をみて、事態は深刻だと考えるか、量的緩和の副作用として受け入れるべきものと考えるかは、人によって異なるであろう。少なくとも学者が「出口の損失」を議論する時は、どのような試算に基づくのかを明らかにすることが必要だ。


  日銀は出口の損失に備えて、当期利益の一部を債券取引損失引当金として積み立ててきた。17年10月末には、3・4兆円になっている。いずれのケースでも20年度までは利益が生じるはずなので、それをすべて引当金に積み増せば、少なくともシナリオ1Bの場合には、24年度までに生じる損失の大部分を積み立てた引当金でカバーできる。不足分は、将来(28~30年)生じる利益を当てにして政府から借り入れることになるかもしれない。


  不足分がより大きなシナリオの場合には、政府による資本注入(損失補填(ほてん))などが考えられる。この場合、日本銀行の独立性に悪影響がある、金融システム不安がおきる、通貨の信認毀損(きそん)につながる、などの懸念を持つ人もいるが、資本注入が賢明な政府によって迅速に行われるのであれば、そのような心配は無用である。


  日銀がいざ出口に向かう時には、適切なスピードで長短金利、付利金利を操作していくであろう。インフレ目標の達成維持が第一の目的ではあるものの、損失を低く抑えることができれば、それに越したことはない。日銀は次々に決断しなくてはならない曲がり角を間違えずに出口へ向かってほしい。


 (伊藤隆敏・コロンビア大学教授)

◇いとう・たかとし


 1950年北海道生まれ。73年一橋大学経済学部卒業、同大大学院経済学研究科修士課程を経て、ハーバード大学経済学博士課程修了。ミネソタ大学経済学部准教授、一橋大学教授などを経て2004年より東京大学大学院経済学研究科教授、15年より現職。政策研究大学院大学特別教授を兼務。著書に『インフレ目標と金融政策』など。