政府の補てんなくして円の信認は保てない=河村小百合〔出口の迷路〕金融政策を問う(38)

日銀も英国にならい、出口での損失見通しを明確にすることが急務だ。

 

河村小百合(日本総合研究所上席主任研究員)

 6月13日、米連邦準備制度(Fed)は、政策金利であるFFレートの上限を2%に引き上げることを決定した。2015年12月から開始した利上げは今回で7回目。昨秋からは資産規模の縮小も開始し、正常化を着々と進めている。


  これに対し、同じ週に金融政策決定会合を開催した日銀は、物価が目標の2%にはまだ程遠いからと長短金利操作付き量的・質的金融緩和(QQE)の継続を決めた。黒田東彦総裁は6月15日の記者会見において、「出口での課題は、短期の政策金利をどのようにしていくか、拡大したバランスシートをどうするか、の二つ」と述べた。


  この発言には肝心な点が欠落している。Fedとは異なり、日銀は正常化局面ではその財務が相当に悪化すると見込まれ、こうした出口戦略を単独では到底実施できなくなる可能性が極めて高いのだ。

 

 なぜ日銀の財務の悪化度合いは大きくなるのか。中央銀行の収益は主に、国債はじめ資産から得る利回り収入と、金融機関が日銀に預けた当座預金に支払う利息との差から生じる。出口で短期金利を上げれば、大半が固定金利である国債の利回りはすぐに上がらない一方、当座預金への付利が上がるため収益が減り、逆ザヤに陥ることもありうる。

◇正常化までは10年以上

 

  日銀の場合、そもそも買い入れた国債の利回りは欧米の中銀に比べて極端に低い。日銀がQQEを開始したのは、経済成長率も物価上昇率もきわめて低いデフレ状態が長期間継続した後の13年だったためだ。17年度下半期時点で日銀が保有する国債の加重平均利回りはわずか0・281%、その他の資産を合わせても0・266%にとどまる。


  加えて、日銀の資産規模は名目GDP(国内総生産)比でみて96%(18年第1四半期)と、既にFed(同22%)の4倍強の規模にまで達している。これは金利引き上げ局面で逆ザヤとなった際の財務の悪化度合いが大きくなることを意味する。


  Fedは目下のところ、出口で納付金ゼロや実質的な赤字転落といった事態には陥らずに正常化を完了できそうな見通しとなっている。これは先々の正常化まで見据えた責任ある政策運営を展開してきたことが大きい。出口での財務悪化をあらかじめ計算のうえで、無理なく引き返せるところ(14年10月)で買い入れをやめていた。資産買い入れの最中から、先行きの財務悪化の可能性を試算結果と合わせて対外的にきちんと説明してもいた。


  一方、日銀は、いまだに13年のQQE着手時点とほぼ同じペース(年間約50兆円)で資産の新規買い入れを続けている。そのため、いざ短期金利を引き上げなければならない局面に入れば、日銀は立ちどころに“逆ザヤ”状態に転落する。日銀が受け入れる当座預金は本年5月末時点で既に384兆円に達し、これは、逆ザヤの幅が1%拡大するごとに4兆円弱のコストが日銀の財務にのしかかることを意味する。これに対して自己資本はわずか8・4兆円しかなく、このままでは債務超過への転落、その長期化が懸念される。


  そうした状態はいつまで続く可能性があるのか。表は、今年4月末時点で日銀が保有する国債の年限・種類別の状況である。利付国債全体でみたときの加重平均ベースの残存期間は7・6年であり、これは日銀が今後、満期が到来した国債の全額をすべて再投資せずに「満期落ち」させるとしても、資産規模の半減までに7・6年を要することを意味する。つまり、かなり思い切って資産圧縮を実施しても正常化には10年以上を要し、その間は債務超過状態が続くことともなりかねない。

 


  さらに表の年限別の計数は、日銀が既に、低い表面利率の長期債(10年債)や超長期債(20年債以上)を相当な金額で保有していることを示す。一部の当局者は、「日銀が保有する国債が高い表面利率の銘柄に入れ替われば、財務問題は解決する」旨の説明をしているようであるが、早く入れ替わる2年債や5年債に直ちに5%の表面利率でもつかない限り解決は困難で、非現実的な想定であることは表から明らかだろう。

 

 ◇英国は緩和の収益で国債を償還

 

 英国における政府とイングランド銀行(BOE)の対応は、日本とは極めて対照的だ。


  英国の国債発行は超長期債中心で、BOEが買い入れる国債も超長期債中心とならざるを得ない。BOEが保有する国債の18年2月時点の加重平均残存期間は11・4年だ。Fedのような「満期落ち」を待つ方法では正常化に年数がかかり過ぎるため、国債の中途売却によって正常化を進めざるを得ず、いずれ多額の損失が発生せざるを得ないとの認識が当初から共有されていた。そのため、BOEが量的緩和を行う枠組みは、当初から、同行のバランスシートからは切り離した子会社方式が採られたうえで、最終的な正常化完了までの過程で発生する損失はすべて政府が補償することがあらかじめ明確化された。


  日本では、当局者の一部に「中央銀行は民間銀行とは異なるゆえ、いくら債務超過になっても問題はない」という趣旨の発言をする人がいるが、英国の当局者には、他の主要国と同様、そのような考え方は一切みられない。量的緩和を最終的に収束、終了させるまで、政府がタイムリーに中央銀行の損失を補てんし万全の態勢で支えることが、BOEや通貨ポンドの信認を確保するうえでいかに重要であるかは、財務相と中央銀行総裁が都度交わす公開書簡の中でも繰り返し確認している。


  13年からは、この子会社の収益が政府に繰り入れられているが、英国政府はそれをもっぱら国債残高の減額に充当し、他の歳出には決して流用はしていない。いずれ必要となる損失補てんに備えるという、規律ある堅実な財政政策運営が行われている。

 

 日本では、安倍晋三首相は「金融政策はすべて日銀に任せている」と繰り返している。しかし、日銀の財務、ひいては金融政策の運営は「すべてお任せ」では到底もたない状態に突入している。通貨をつかさどる中央銀行は、突き詰めれば徴税権限を有する政府と一体であり、その信用力は政府に依存する。中央銀行の財務が大幅に、かつ長期間悪化するとなれば、政府が支える以外に手だてはない。

緩和のツケを払う時
緩和のツケを払う時

 
  BOEは、先行きの損益を金利シナリオ別に誰でも簡単に試算できるよう表計算シートをウェブサイトで公開している。日銀もこれにならい、財務運営の金利シナリオ別の試算を公表すれば、低金利のうちにバランスシートの拡大停止や縮小という正常化を確実に進めなければ将来的な損失が大きくかさみかねないことが明らかになるだろう。

 

 日銀の損失補てんをする立場にある政府の方も、財政運営は日銀による事実上の財政ファイナンスに支えられ、決して持続可能なものではない。安倍政権はこれまで、日銀の異次元緩和による恩恵を大きく受けてきた。今後は、円の信認、日銀の信認を長きにわたって維持するため、日銀の出口を支えると同時に、本腰を入れた財政再建に取り組んでいくことが求められよう。


  今のように日銀が中央銀行として過剰なリスクを取り続けるままでは、開放経済下にある日本では、内外金利差の拡大や株価の動向、地域金融機関の経営問題などをきっかけとして、これまでの政策運営の限界が突然、露呈することも十分にあり得る。国内からの資金流出と円安が加速した時、日銀はそれを抑えるため短期金利を上げたくても、逆ザヤで自らの損失が一段と拡大するため、上げられない。この段階では、政府は日銀に引き受けさせる前提で国債を発行して日銀の損失補てんに充てるという選択肢も、日銀の債務超過幅を一段と拡大させることになるため、もはや取り得ない。こうして取り返しのつかない事態に至りかねないことが懸念される。

かわむら・さゆり


 1964年神奈川県生まれ。88年京都大学法学部卒業、日本銀行入行。91年日本総合研究所入社。14年より現職。著書に『中央銀行は持ちこたえられるか-忍び寄る「経済敗戦」の足音』など。