特集:変わる!労働法 2018年7月17日号

同一労働同一賃金の破壊力 

対応遅れで人材確保困難に

 

 「70年ぶりの大改革だ。長時間労働を是正し、非正規という言葉を一掃し、多様な働き方を可能にする法制度が制定された」


  6月29日、正規・非正規労働者の不合理な待遇格差を禁じる「同一労働同一賃金」を柱にした働き方改革関連法が参院本会議で可決・成立。安倍晋三首相は1947年の労働基準法制定以来の労働法大改正の意義を強調した。


  同法では同一労働同一賃金に加え、事実上、青天井にすることが可能だった残業時間の上限を規制したほか、有給休暇の取得義務や労働時間の把握義務などを盛り込んだ(表)。高収入の一部専門職を労働時間規制から外す「高度プロフェッショナル制度」は国会で議論を呼んだが、関連法全体ではこれまで曖昧だった企業の賃金制度や労務管理のあり方を一変させる破壊力を持つ。


  同一労働同一賃金の規定は、大企業が2020年4月、中小企業が21年4月から施行されることになっているが、その内容を先取りする最高裁判決が6月1日に出た。正規労働者と非正規労働者の待遇の差が、労働契約法が禁じる「不合理な格差」に当たるかが争われた長沢運輸・ハマキョウレックス訴訟だ。


  二つの訴訟とも、トラックドライバーの非正規労働者が正規労働者と同じ仕事をしているにもかかわらず賃金格差があることを不服として会社を提訴した。定年後再雇用の嘱託社員が訴えた長沢運輸訴訟では年金受給が予定されていることなどから大半の請求が棄却されたものの、1日も欠かさず出勤した場合に支給される「精勤(皆勤)手当」の支払いを認定。定年前の契約社員が格差解消を求めたハマキョウレックス訴訟では、皆勤など5種類の手当の格差が不合理と認められた。

◇改正法施行前もリスク

 

 この最高裁判決は、政府が改正法に向けて16年12月に示した「同一労働同一賃金ガイドライン案」に沿った内容となっている。例えば、二つの訴訟で不合理とされた精皆勤手当については、「無期雇用フルタイム労働者と業務内容が同一の有期雇用労働者またはパートタイム労働者には同一の支給をしなければならない」と規定されている。


  同案には、今回の最高裁判決では触れられなかった基本給や昇給、賞与も盛り込まれており、改正法の施行前から、同一労働同一賃金の趣旨に沿った司法判断が下される可能性が高まっている。「改正法の施行までに対応すればいい」と楽観的に構え、非正規労働者の待遇見直しに早期に取り組まない企業は、大きな訴訟リスクを抱えていることになる。

 

◇中小企業のジレンマ

 

 早期の賃金体系見直しに取り組まない企業が抱えているリスクは訴訟だけではない。
 「今すぐ変えないと、人が採れなくなりますよ!」


  6月27日に東京都内の法律事務所が開いたセミナーで、参加した中小企業の人事・労務担当者や社会保険労務士を前に、講師役の弁護士が強い口調で呼びかけた。セミナーのテーマは「長沢運輸・ハマキョウレックス事件最高裁判決を踏まえた書式・就業規則等の実務対応」。約100席が用意された会場は満席で、関心の高さをうかがわせた。

 

 

最高裁判決を受けて開かれたセミナーは満席(東京都内で6月27日)
最高裁判決を受けて開かれたセミナーは満席(東京都内で6月27日)


  弁護士は、こうたたみ掛ける。「今、採用活動の世界はインターネットが中心で、仕事を探す人は給料などがすぐにスマートフォンで調べられます。賞与が出ない会社より出る会社の方がいいし、交通費が1日200円しか出ない会社より全額支給の会社の方がいい。法律を守る、守らないということ以上に、生き残るためにどうするかなんです」。


  大手に比べて資金力が限られている中小企業にとって、非正規労働者の待遇を改善することは簡単ではない。かと言って、正規労働者の賃金を下げることは改正法の趣旨に反するばかりか、離職を招く恐れもある。だが、対応が遅れれば遅れるほど、働き手の確保は難しくなる──。中小企業はこうしたジレンマを抱えている。


  三井住友海上経営サポートセンターの経営リスクアドバイザーで、社会保険労務士の斎藤英樹氏は「同一労働同一賃金に対する中小企業の経営者の認識は追いついていない」と指摘する。中小企業の相談を受けることが多い斎藤氏は「感覚的には就業規則さえない企業が2~3割はある。あったとしても半分以上は10年以上前のものだ」と話す。非正規労働者の就業規則を作成しているところはさらに少ないという。


  ただし、経営者の代替わりを機に「賃金体系を整えたい」という中小企業が増えているのも事実だ。斎藤氏は「人手不足を解消するために、労務改革に着手するという意識は強くなっている。非正規労働者の待遇を明確に改善させるなど、人材を確保するための『攻めの人事・労務』が必要だ」と強調する。

◇残業の上限規制に悩み

 

 このように、中小企業では同一労働同一賃金に向けた動きが出始めているものの、さらに大手は対応を急ぐ。


  新生銀行は企画・管理業務も担う正社員と区別するため、契約社員については雇用契約書で業務の範囲を定め、その人にどのような仕事を求めるかの「役割期待」を明確に示している。定年後再雇用についても、原則として定年前に比べて「役割期待」を下げて賃金も下げる一方、定年後も管理職と同等の地位にとどまるような場合は賃金を下げていない。


  人事部の林貴子部長は「数年前までは正社員と契約社員の業務内容に曖昧な部分がなかったとは言えないが、現在は正社員と契約社員で処遇と役割期待の中身を変えることを徹底しているので、同一労働同一賃金はほぼ整備されている」と自信を見せる。


  一方で、今回の法改正の不安材料もある。残業時間の上限の一つに「2~6カ月平均で月80時間以内」という規定が設けられることだ。林部長は「年間720時間以内という上限は守れても、金融業界の仕事はどうしても多忙になる時がある。2~6カ月平均の規定は業務の繁閑を全く無視しており、人繰りをどうしていくかを考えていかないといけない」と頭を悩ませる。


  今回の労働法大改正により、新たな競争が始まった。同一労働同一賃金の破壊力に負けない労務管理体制を構築できない企業には、人材が集まらなくなっても仕方がない。


 (松本惇・編集部)

週刊エコノミスト 2018年7月17日号

定価:670円

発売日:7月9日