特集:為替で読む世界経済 2018年03月13日号

 

 

円高クラッシュが来る 米孤立化で進むドル離れ

 

2月16日の東京外国為替市場で一時、約1年3カ月ぶりのドル安・円高水準となる1ドル=105円台を記録した。同日には財務省、日銀、金融庁による緊急会合が開かれ、浅川雅嗣財務官は会合後、「一方的に偏っている動きになっていると評価せざるを得ない。為替市場の動向はこれまで以上に緊張感をもって注視していく」と述べ、ドル安・円高の動きをけん制した。


 為替の変調に先駆け、2月6日には日経平均株価が一時、前日比1600円超下落し、前日には米ダウ工業株30種平均が史上最大の下げ幅となるなど、世界株安となった。


 2月2日に公表された米雇用統計の内容が想定以上に良かったことから、米連邦準備制度理事会(FRB)の利上げペースが速まるとの懸念などから米長期金利(10年物国債利回り)が大幅に上昇したことが発端となった。

為替のパラダイムシフト

 2017年の「ゴルディロックス(適温)経済」と呼ばれる世界経済好況を支えてきたのは、金利の低位安定だ。その立役者とも言える米長期金利は、1611月の米大統領選でトランプ氏が勝利して以降に急上昇。トランプ氏の当選後、FRBは昨年12月まで4回の利上げを実施したが、長期金利はなかなか2・5%を超える水準まで上がってこなかった。

 

 ところが、今年に入ってから2・5%を超えるようになり、2月の世界同時株安後も、一時2・9%台をつけるなど上昇トレンドが続いている。


 昨年12月に法人税率を引き下げる税制改革法案が成立したのに加え、今年1月にはトランプ大統領が大規模なインフラ投資を実施すると表明したことなどから、堅調な米国経済が過熱することや、米国の財政赤字が膨らむことへの懸念が高まったことが要因との見方が強まっている。


 だがここで、通常とは違うドル・円相場の動きが起きた。日銀は16年9月から、長期金利を0%程度に誘導する長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)を導入しており、米国の長期金利が上がれば、日米の金利差は拡大する。一般的には、高利回りを期待してマネーが日本から米国に流れ、ドル高・円安が進むと考えられる。しかし、今回の米長期金利上昇局面では、ドル安・円高方向に向かった。


 三菱UFJモルガン・スタンレー証券の藤戸則弘・投資情報部長は「為替相場のパラダイムシフトが起きている」と分析する。17年の米国の貿易赤字は、季節調整済みで5660億ドル(約62兆円)で、08年以来9年ぶりの高水準となった。これに財政赤字も合わせた「双子の赤字」への懸念から、「ドル離れ」が進んでいるという。

 

 円高が続けば、19年3月期の日本企業の業績に悪影響を及ぼす。藤戸氏は「輸出企業の中で、減益の企業が出てくる可能性もあり、株価の上値が重くなる。ゴルディロックス経済は完全に終わり、今年後半には調整局面が来るのではないか」と話す。


 ドル・円相場における円高の進行が顕著になったのは今年に入ってからだが、主要通貨に対するドル安は17年から進んでいた。

 

1ドル=100円割れも

 16年末からの主要通貨の対ドルの為替の変化率を見ると、円やユーロ、人民元などほとんどの通貨で上昇しており、「ドル全面安」の様相を呈している(図2)。ドル離れの要因には、米経済の構造的な問題も見え隠れする。 

 


 UBS証券の青木大樹・最高投資責任者は「米経済の孤立化により、構造的にドル安・円高が進む。18年内の1ドル=100円割れも十分に考えられる」と見る。17年の米国の経済成長をけん引したのはシェールオイルを中心としたエネルギー投資のほか、インフラ投資やサービス業だった。


 米国の貿易赤字は増えているものの、GDP(国内総生産)に占める輸出入額は減少しており、貿易依存度は低下している。この要因としては、シェールオイルの増産により原油などのエネルギーは輸入に依存する必要がなくなり、国内経済のけん引役が製品の輸入が不要なサービス産業となっていることなどが挙げられる。日本やアジアの輸出増につながったかつての自動車産業などとは異なり、海外からの輸入に頼る必要性が低下しているため、米国経済の成長による海外の恩恵は少なくなった。


 さらにトランプ政権は、太陽電池製品などに対する緊急輸入制限(セーフガード)の発動を決め、鉄鋼・アルミニウム製品の関税引き上げを検討するなど保護主義の姿勢を強めており、「元々進んでいた米国経済の孤立化を政治が加速させている」(青木氏)。米国との貿易が減る諸外国にとっては外貨準備としてドルを保有するインセンティブが働かなくなり、別の資産に振り向けようとする動きが出てくるだろう。

 

緩和マネーの引き揚げ

 ドル安への為替の変動や米長期金利の上昇により、「適温経済」は賞味期限を迎えようとしている。さらに、低位安定していた金利と共に、適温経済における歴史的な株高を生み出した「金あまり」の縮小も影響しかねない。


 金融緩和によりマネーを供給してきた世界の中央銀行は、日銀を除いて引き締め方向に向かっている。昨年10月から資産縮小を開始しているFRBに加え、欧州中央銀行(ECB)は今年9月に国債などの資産購入を終了する。

 

 
 UBS証券の推計では、世界の主要な中央銀行の国債などの資産買い入れ額は今年11月からマイナス圏に突入する(図3)。つまり、中銀が市場に供給してきた「緩和マネー」の引き揚げが始まることになる。


 UBS証券の青木氏は「中銀はマーケットへの影響が出ないように引き締めを進めようとするだろうが、かつてない規模で膨らんだ緩和マネーの引き揚げがどのような影響を及ぼすかは予測できない」と話す。日本生命の入澤雅史・外国為替課長は「今は金融緩和政策をしていた中央銀行が正常化に向かう過程の相場の転換期にある。上昇する米長期金利のレンジが見えてくるまでは、ボラティリティー(変動率)の高い状態が続く」と見る。


 日本株を支える外国人投資家が、円高による利益を確定させるために日本株を売却する動きが加速する可能性があり、「円高クラッシュが来る可能性は十分にある」(井上亮・オリックス社長)。為替の局面が変わったことで、今後は相場の動きが激しくなりそうだ。

松本惇 大堀達也(編集部)

週刊エコノミスト 2018年3月13日号

定価:670円

発売日:3月5日