1964年生まれ、和歌山県出身。87年、日本IBM入社。エンジニアとしてシステム開発・保守に携わった後、2000年問題対策のアジア太平洋地域担当、社長室・経営企画、ソフトウエア製品のテクニカルセールス本部長、米国IBMでの役員補佐を歴任。理事、執行役員、常務を歴任し、取締役専務執行役員、グローバル・ビジネス・サービス事業本部長を経て19年5月から現職。本社経営執行委員も務める。
最新テクノロジーと人の可能性を組合せ、目的を達成する
「お客様の目標実現に、我々は本当にお役に立てているのか」。日本アイ・ビー・エム(IBM)の社員はそう自問することが求められる。顧客の経営目標、大切にしていることなど全て洗い出し、その上でどのような貢献ができるのかをとことん考えるという。山口明夫代表は、ITというのはあくまでツールであり、ツールを駆使して顧客の求めるゴールへの解を導き出すことこそが重要だと語る。山口代表に、人の可能性を信じる組織の在り方について話を聞いた。
顧客と社会の課題解決やイノベーションに貢献するべく事業を続けてきた日本IBM。「世の中は盛んにデジタルトランスフォーメーション(DX)と言われていますが、それは何か新しくプログラムを作ればすぐに達成できるようなものではありません。AI(人工知能)や量子コンピューターといった最新テクノロジーに、これまで30年、40年かけて作り上げてきたシステムを結び付けて、全体の中でお客様の目標達成のためにより良い提案をし、一緒になってプロジェクトを進めていく必要があります」と山口代表は言う。
変化が激しい社会に合わせて会社自身の変革、そして社員自身の変革も常に求められる。「お客様に対して提案させていただくとき、新しい変革をもたらす内容にはときとして軋轢を生むことも多々あります。ですから、自分たちはお客様にとってそれが間違いなくベストな事であると、自信を持って言えるまで考え抜いた上で提案し、お客様と一緒に実行していきます。お客様、そして社会にとって最も信頼されるパートナーとなる(Be Essential)という信念のもと、前に進んできた会社です」。
山口氏は入社直後、「とんでもないところに来てしまった」という思いにとらわれたという。千数百人いる同期はすぐに人前で堂々とスピーチができるくらい、皆はつらつとしていた。人前に出るのがあまり得意ではなかった山口氏は圧倒され、「やっていけるのか不安になりました。ただ、私は昔から物理の力学が大好きで、自転車で走るときも、『風圧がこれぐらいだから摩擦係数はこう、雨が降ってきたからこれぐらい』など勝手に計算するのが好きだったので、色々なIT企業が元気よくスタートしていた当時、これからITコンピューターで将来すごいことができるんだろうとワクワクする気持ちもありました」と語る。
3年目はシステム開発を行う銀行の現場に配属された。経験の浅い若手がなかなか配属されないチームであったため、「ここにいると若手は潰れるからもう少し別のところにアサインしてあげた方がいいのでは」といった声も上がったという。「上司が『山口をここに置いてやってくれ、逃げずにちゃんとやるから』と守ってくれていたようなのです。それから10年が経過して、私がそこの担当を離れるときに開いていただいた送別会で、『実はこんなことがあったんだよ』とお客様が明かしてくれました」という。一緒に現場に入った銀行の担当者からは、「山口さんはITについて僕に教えて。僕は銀行業務を教えるから」と、こっそり一緒に勉強会を開いていたという。「何とか互いに生き延びようと必死で、同じ環境の中で自然と仲良くなりました。大切なのは『人』なんだなと思いましたね。お客様とこんなに密に人間関係を作れることを知り、助け合うというのはすごくいいなと心底実感しました。
関係を深めた若手時代の顧客とは今でも連絡を取っているという。「社長に就任したときも『いやー、ぐっちゃんが社長になるとは思わなかったよ』と大爆笑で、喜んでくれました。彼らと巡り合わなかったら、今の私はいないでしょうし、ここに残ってもいないかもしれません。人に恵まれたと思いますね」と笑う。
山口代表自身もかつて上司や顧客が自分を信じてくれたように、部下を信じることを大切にしている。
「仕事を行うときに、同僚や上司、お客様が信じてくれたらそれだけでやりがいが出てくると思います。何となく不安視されていたり、『本当に大丈夫か』と思われたりする環境の中だと、仕事もやりづらいですよね。上司だったら信じて、あとはサポートに徹する。そんな仕事のやり方が本人にとってもいいし自分にとっても適切なあり方だと信じています」。
勤務制度の充実はもちろん、社員と話をする中で、QOL(クオリティ・オブ・ライフ)の向上には「仕事のやりがい」が非常に重要だと考えるようになったと山口代表。
「働く楽しさを感じると、必然的にQOLも上がってくるように思います。『私はここだけ、あなたはここだけ仕事してください』というような環境だと仕事はあまり楽しくないんです。仲間と一緒に、チームワークで助け合って仕事をする方が絶対楽しい。それがQOLに繋がるイメージを持っています。働く楽しさを感じる仕組み、風土。そういったものをもっと充実させていきたいと思います」。
「あまり外資っぽくない会社だと言われることがああります。『人に対して優しい、むしろ優しすぎるんじゃないの』と評されることがあるんですけど、これでいいと思っています。一人一人のその存在意義をしっかりと認め合って、協力して次の解を求めながら活動している会社なんです」と山口代表は語る。
現在、特に注力しているのが、量子コンピューターの活用だ。
「ニューヨークに今22台あるのですが、ドイツでは1台、日本で2台稼働することが決まっています。1台は新しい薬を作ったり、金融のリスクマネジメントのシステムを作ったり、様々な新しい素材を作り出したりすることに活用されます。もう1台は、量子コンピューター自身を日本の製造業のお客様と一緒に作るために活用し、世界に出荷できる仕組みを構築できるように考えています。これはIBMとしても大きな判断で、2台を日本に設置するということを決めたというのはそれだけ日本のお客様、日本の各企業様の力を認めている証拠だと思います。ここから新しい波が起こせるのではないかとすごくワクワクしています」。日本から世界へ、同社が広げる新たな波に注目しよう。