32
株式会社神明ホールディングス 代表取締役社長

藤尾 益雄

https://www.shinmei-holdings.co.jp/
Fujio Mitsuo

1965年兵庫県生まれ。創業1902年の米卸問屋の4代目として、幼少期より祖父から米卸としての帝王学を学んで育つ。大学在学中も精米工場で働き、玄米から深く学ぶ。1989年に大学卒業後、株式会社神明(現・神明ホールディングス)に入社。常務取締役、専務取締役を経て、2007年に代表取締役社長に就任。2018年、株式会社神明ホールディングスおよび株式会社神明の分社化に伴い、両社の代表を兼任。現在は、元気寿司株式会社の代表取締役会長兼社長、株式会社雪国まいたけなどのグループ企業の取締役にも就任している。

アグリフードバリューチェーンを構築し、日本の食を守る

気候変動や国際紛争、パンデミックなどで農作物の収穫量や価格は安定しない世界情勢の中、米卸売業として創業した株式会社神明ホールディングスの藤尾益雄代表取締役社長は「輸入が止まれば、日本人は飢えてしまう。日本の食を守らなければ」と立ち上がった。生産地から食卓までをつなぐ「アグリフードバリューチェーン」を構築し、「農業界のスーパースター」を目指す藤尾氏に聞いた。

日本の食料自給率(カロリーベース)はわずか38%と先進国では最低水準で、小麦や大豆、魚類、肉類、果物など、ほとんどの食料を輸入に頼っている。その中で米の自給率99%を維持しているものの、年間一人当たりの消費量は、ピーク時の1962年と比べれば半分以下に減少している。また、農業就労人口はこの30年間で約300万人減り、その平均年齢は69歳と高齢化している。

こうした日本の農業や食の現状に危機感を覚えた藤尾氏は、「米の消費拡大」と「生産現場への支援」に取り組んできた。2007年に社長に就任した藤尾氏は「パックごはん」事業に着手。2009年にパックごはんを製造する株式会社ウーケを設立し、NASAの施設と同等レベルのクリーンルームを設置した工場で、酸味料・添加物不使用のパックごはんの製造を開始した。

「いずれ家庭から炊飯器がなくなるかもしれないと、この事業を推進したのですが、今は炊飯器を持たない人が本当に増え、パックごはん市場は10年で約2倍に成長しました」という。発芽玄米や雑穀を混ぜたもの、離乳食用など、機能性を持たせられることも、パックごはんの需要が伸びた理由だと分析する。さらにグループ会社で米粉を使用した商品の開発や米粉パンの製造・販売にも力を入れ、米の新たな需要を創出し付加価値を付けることで、米の消費拡大を実現している。

続いて藤尾氏が取り組んだのは、米を加工して消費者の口元に直接届けるBtoC事業だ。きっかけは、2011年にインドネシアで回転寿司店だった。板前が魚をさばいて寿司を握っており、味も日本で食べるものと変わらないが、外国人たちが寿司をおいしそうに食べていたことに驚いた。

「寿司が世界を制する時代が来る」と感じ、2012年に海外に多く出店していた元気寿司株式会社と資本業務提携を締結。当時約80店舗を出店していたが、2013年に「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されたことも後押しとなり、一気にマーケットが拡大。2015年には同社を子会社化し、20239月末時点でアジアを中心に234店舗を展開している。インドネシアで感じた「世界という広いマーケットで寿司を食べられるようになれば、日本の米を輸出できる。これが農家を守ることにつながる」という直感が現実になったのだ。現在は「おにぎり」の開発・販売にも力を入れ、「TARO TOKYO ONIGIRI」を展開、海外からのオファーも多く、海外進出も視野に入れているという。

 

藤尾氏は「今の一番の課題は生産者支援」と語る。気候変動により農作物の出来が不安定で収入が安定しないことや生産者の高齢化と人手不足、設備の初期投資が莫大で新規参入が難しいことなど、課題は山積みだ。そこで、生産法人「あかふじファーム菊川ラボ」を立ち上げ、52ヘクタールの農地を使い、ドローンやデジタル機器を導入したスマート農業を試し、限られた人数でも効率よく米を生産できるノウハウを蓄積している。

また、気候変動にも適応できる多収穫米などの新品種を開発し、検証しながら各地に広めている。さらに、20239月には農業法人「のりす株式会社」と共同出資で、埼玉県加須市に大規模生産法人を育成するための「株式会社神明アグリイノベーション」を設立。若い就農希望者を募集し、加須市周辺の耕作放棄地などを利用して稲作を中心に農業を学んでもらっている。「簡単に言えば、農業の学校です。生産技術だけでなく、会社経営やマーケティングなども学んでいただき、3~4年後にはのれん分けします」といい、独立後も、農地取得からトラクター等の設備のリース契約などについてさまざまな支援を行い、「神明だからもうかる農業」を推進し、生産者を支援していく。

創業当時は兵庫県の米卸から始まった神明ホールディングスだが、2018年には青果事業にも参入し、米だけでなく青果に関しても生産者支援と流通の強化を行っている。現在は30社以上がグループ企業となり、米や米の加工品、青果、水産物、乾麺などの幅広い食材を取り扱うようになった。川上(生産地)から川下(食卓)までをつなぐ「アグリフードバリューチェーン」の構築は順調に進んでいる。

目標である「2025年度の売上高5000億円」の達成は実現間近で、さらに2030年度は「売上高1兆円」を目指している。これは、より発信力や影響力を持つ企業となり、日本の農業と食を守れるよう、人々や国を動かすためだ。藤尾氏は社長就任時に「私たちはお米を通じて、素晴らしい日本の水田・文化を守り、おいしさと幸せを創造して、人々の明るい食生活に貢献します」という企業理念を掲げ、その実現のために走り続けてきた。

「農業にはITのように大成功者がいない。だから、私が農業界のスーパースターになるつもりです。若者の憧れの存在になれば、日本の農業を守ることにつながる」と目を輝かせる。