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株式会社FRONTEO 代表取締役社長

守本 正宏

https://www.fronteo.com/
Morimoto Masahiro

1966年生まれ。大阪府出身。1989年防衛大学校卒業、海上自衛隊の護衛艦で勤務。退官後、半導体製造装置メーカーのアプライドマテリアルズジャパン株式会社を経て、2003年に株式会社UBIC(現FRONTEO)を設立。

専門家の高度な判断をサポートするAI

人間の機微や言葉にできない経験や勘に基づく知識「暗黙知」を数学的アプローチで解析するAIを開発し、不正調査や訴訟支援などのリーガルテックから創薬、経済安全保障まで、事業領域を広げている株式会社FRONTEO。守本正宏代表にAIの今と未来を聞いた。

AIの開発に取り組んだきっかけは国際訴訟支援だった。米国の民事訴訟では、証拠となり得る資料や情報を事前に開示する制度がある。企業の保有データは膨大で、必要な情報を正しく見つけ出すのは至難の業だが、当時、日本にはこうした訴訟支援を行う会社がなく、訴訟に巻き込まれた企業は海外企業を利用せざるを得なかったという。しかし、機密データを海外に送ると、セキュリティーの問題に加え、日本語の理解が不十分な人が解析を行うため、訴訟に不利になってしまうこともあった。守本代表は「本来、法の下に平等であるはずの訴訟が、技術やサービスの不備によって左右されるべきではないと考えました」と訴訟支援を手がけるようになった。

大量の文書情報から証拠を見つけ際にネックになったのが、単純なキーワード検索では訴訟に関連のない文書も検出されてしまうことだった。例えば、「飲み会」という単語を含むたくさんのメールの中から、不正に関連する怪しい飲み会の相談を検索技術だけで見つけるのは非常に難しい。一方、人間は文脈やニュアンスから判別ができるので、弁護士資格を持ったレビュアーが1通ずつ読んで確認したため、それがコストの約8割を占めていた。守本代表はこれをテクノロジーで解決しようとした考えた。

そこで、自然言語解析やネットワーク解析を用いて、人の経験や勘、直感などに基づく言語化が難しい「暗黙知」を数学的アプローチで再現できるるディスカバリー型AIを開発した。それが「KIBIT」だ。「最初からAIを作ろうとしたわけではなく、人が情報をどうやって区別・判断しているのかを現象としてとらえ、数学的にそれを発見する方法や技術の研究開発を進めた結果、AIが誕生しました」と振り返る。

「KIBIT」と一般的なAIとの違いは「精度の高め方」だという。一般的なAIの多くは、精度を高めるために学習データ量を増やしたり、コンピューターのパワーを上げたりするが、「KIBIT」』は、数理モデルによって精度を上げているため途中の計算を大幅に省略でき、大量のデータやスーパーコンピューターが不要となるという。

「KIBIT」は現在、高度な専門知識が必要とされる領域で、専門家の判断をサポートするAIとして、リーガルテックのほか、創薬研究や診断支援といったライフサイエンス分野や、企業の監査やコンプライアンス、組織知共有、経済安全保障など幅広い領域で活用されている。高度な専門知識が必要とされる領域で、専門家の判断をサポートするAIだ。

ChatGPTの普及を受け、汎用AIへの関心が高まっているが、守本代表は「すべてをかなえる万能のAIはない」という。「ChatGPTは、既存の膨大な情報に基づき、確率的にありそうな答えを提示するもの。その技術は素晴らしいが、厳密な正確性が求められる分野や、未発見の対象をターゲットとする革新的な研究開発には不向き。1本だけで済むスーパーゴルフクラブがないのと同様、活用目的が高度かつ専門的であるほど、特化したAI、またそれを使いこなせる専門家が必要となる」と指摘する。

守本代表は「AIでいくら解析しても、人が中身を理解できなければ使えない」と語る。同社が事業展開するのは、訴訟や監査、医療、研究開発、戦略立案など、いずれも最終的には必ず人が判断を下す領域だ。「特に専門性の高い領域では、人が理解できていない状態では使用できない。『AIがこの判定を出した』というだけでそれがそのまま受け入れられることはない。結果として人知を超える領域は存在しないため、AIが人を凌駕する『シンギュラリティー』も絶対に起こらない」と言い切る。

守本代表は「我々のAIは、一般的な生成AIのように回答や結論まで提示するものではありません。人の力では不可能な網羅的で偏りのない高速・高精度な解析に基づいて、点と点を結び、それらがどう作用しているのかを視覚化し、そこから新しいインサイトや仮説などの情報を示す。その上で、人が最終判断する余地を残すことを重視しています」と語り、既存のワークフローにAIを組み込み、AIが人の代替となるのではなく、より質の高い業務や判断を行えるよう人をサポートする存在となることを目指している。

AIの活用から得られる気づきや発見を提供することで、さまざまな専門家の判断を支援してきた守本代表は「専門家が長年努力して身につけた技術、ノウハウをAIで支援することで社会貢献につなげていきたい」と語る。「人が長い時間をかけて培ってきた知見や技術は、その暗黙知を理解したからといってAIが簡単に代替できるものではありません。真摯に向き合って汗をかくことを惜しまない姿勢を大事にし、AIが専門家やその先にいる人々の笑顔につながればうれしい」と笑顔を見せる。

守本代表は「AI企業からの脱却」をスローガンに掲げ、「AIの研究開発やサービス提供にとどまらず、AIを活用してさまざまな社会課題を解決できる企業、課題解決の専門家になりたい」と力を込める同社の未来は、AIの発展とともに大きく広がっていく。