1961年生まれ。徳島県出身。1983年、京都大学理学部卒業後、日本生命保険相互会社に入社。商品開発部長などを経て、2009年に執行役員総合企画部長、2013年に取締役常務執行役員、2016年に取締役専務執行役員(資産運用部門統括、財務企画部担当)を歴任。2018年4月から現職。
変化への対応で新たな役割を持つ生命保険会社に
対面営業が制限されたコロナ禍では、従来行ってきたデジタル化への投資を急速に進めることで、デジタル対応での顧客コミュニケーションを実現。社会や顧客ニーズの変化に柔軟に対応しつつ、健康増進など健康寿命の延伸といった新規事業にも意欲を見せる日本生命保険相互会社・清水博社長に、生命保険会社が目指す今後の役割について話を聞いた。
生命保険事業を巡る環境が大きく変わる中、清水社長は「社会や顧客ニーズの変化が速まっており、事業者としてそれに対応して変化し続けることが重要だと考えています。変化に合わせて、もしくはそれを上回ることを考えて変わっていかないと、しっかりとしたサービスを提供できず、成長もできない。変わり続けることが必要なことだと思う」と強調する。
コロナ禍で健康への関心が高まると同時に、安心できる将来のための準備といったニーズの変化を感じた。「もっと健康でありたいし、病気になっても早めに治療して、一病息災のように充実した人生を送るための保険というニーズは確実に強まっています」といい、そうしたニーズに応えるため生命保険以外のサービスにも力を入れる。
「保険会社というのは、安心・安全を社会に届けていこうとする企業で、保険はリスクが起こったときのものですが、リスクそのものを減らすことも、安心・安全を届けるために重要」だとして、健康な人生を送り、健康寿命を延ばすことに貢献するヘルスケア事業にもウエートを置くことで、生命保険会社として事業の幅をより広げていこうとしている。そこで、糖尿病リスクが高い人を対象に、重症化しないための疾病予防サービスを提供する糖尿病予防プログラムをスタート。自治体や企業などに広がりを見せているという。
2018年に社長に就任し、2019年にはデジタル化を推し進める「デジタル5カ年計画」をスタートするなどデジタル化を主導してきた。コロナ禍では、スマートフォンを使った顧客コミュニケーションを実現した。「他の業界では当たり前のことかもしれませんが、生命保険業界、特に弊社においてはお客様に会いに行くのが私たちの仕事だと明言していたので、正直お客様とのコミュニケーションをデジタルで行うことに関しては、投資が不十分でした。コロナ禍の3年間でデジタル投資を一気に行い、対面と同じような対応をデジタルでもできるよう体制を整えました」と語る。
しかし、デジタル化により顧客との連絡の頻度が増えるなど強化できた面もあるが、従来の対面営業ならではの重要性も強調する。「昔から生命保険はニーズが潜在化されていると言われています。健康や医療の保障、亡くなったときのことなど、将来起こりうる悪いことはあまり考えたくないのですが、保険というのはあえてその悪いことを考えることからスタートする。そういったプロセスをネットだけで進めるのは正直不十分で、やはり実際に顔を見ながら、埋もれた不安やニーズを引き出し、それに対して日本生命が提供できる保険の形を提案することが必要です」という。
将来的にメタバースなどが発展した世界などなら変わるかもしれないが、当面は生命保険の営業では、対人同士の力が重要だと感じている。「やはり目の前でうなずいてくれる営業職員がいるからこそ、この保険でいいんだ、という確信につながる。そういう役割がまだ大きい」。
デジタルでの営業と対面営業、そのバランスを追求するとともに直接顧客に関わらない社内業務に関しては、今後もデジタル化を推し進め、AIなどを活用した効率化を推進していく。
生命保険会社には、預かった保険料を運用する機関投資家としての役割も大きく、その中では近年機運が高まっているESG投資などを通じた脱炭素化への貢献に注力している。「機関投資家としては、投資先の企業に対して脱炭素を促す役割を担っており、ますますそれを加速する必要がある」と考える。こうした新たな役割に対する期待も大きいといい、「日本生命の新たな役割への期待に応えられるよう、今後もよりよい努力をしていきたい」という。
また、生命保険会社は製造業などと違い、目に見える商品がないので、事業を支えるのは約7万人の従業員だという。「日本生命に対して向けられる期待に応えるためには、約7万人の従業員が僕と同じ理念を持って、そこに向けて頑張っていこうと動く必要がある。人は力であり、人が会社の全て。従業員一人一人が仕事に向かう姿勢を高めることが、私のやるべきことだと考えています」と力を込める。
1889(明治22)年創業の伝統を誇る日本生命だが、成長への原動力は、従来のやり方に固執することなく周囲の変化に柔軟に対応する適応力だという清水社長だが、最近の若者たちに対して心配することがあるという。「今の若者は非常に基礎能力が高く、知識レベルはもちろん、新しい物事を習得するスピードや対人関係、仕事のこなし方もスマートだけど、基礎能力が高いがゆえに適応力や順応力が違った形で発揮されてしまうことがある。ちょっとおかしいな、変だなと思っても合わせてしまう。拒絶したり、変化したりすることなく溶け込んでしまう」と指摘。「変に順応せず、ダメなものはダメと声を上げてほしい」と呼びかける。
社内の若手には〝領空侵犯〟という言葉をよく使うという。「自分の担当領域をしっかりとやり切ることはもちろんですが、もし余裕があるなら担当外のことにも興味を持ってほしい。自分だったらどうするだろう、と考える〝領空侵犯〟の癖がつくと、考え方が広がって視野が深まるはず」と語る。清水社長は、生命保険という限られた領域を超えた日本生命の新たな役割を見いだそうとしている。