2004年に宮崎大学医学部卒業後、横須賀市立うわまち病院着任。西吾妻福祉病院を経て、
2008年、Oregon Health & Science Universityに短期留学。帰国後、自治医科大学附属さいたま医療センター、東京北医療センター、練馬光が丘病院にて勤務。イムス三芳総合病院腹腔鏡ヘルニアセンター長、東京外科クリニック特任院長(兼務)を歴任後、2018年、板橋中央総合病院 鼠径ヘルニア統括医師。2022年、埼玉外科クリニックを開院。2024年、医療法人博文会理事長に就任。
鼠径ヘルニアの罹患者は男女共に多く、特に男性は3人に1人がかかる病気だ。鼠径部の腹壁(お腹の壁)の筋肉の隙間が裂けて穴があき、そこからお腹の中の腸や脂肪などが皮膚の下にぽっこり出てしまう病気で、脱腸とも呼ばれる。
「国内では毎年13万人以上、世界では毎年約2000万人が手術を受けていて、外科の中では最も手術が行われている疾患です。ただ、欧米では日帰り手術が主な選択肢となっているにも関わらず、日本では鼠径ヘルニア治療の6・9%に過ぎず、平均4・5日入院するのが一般的です。しかし、ほとんどの鼠径ヘルニアは入院せずに、日帰り手術で治すことが可能です。腹腔鏡を使った低侵襲手術なら、手術による体への負担を減らし、早期の社会復帰が可能です」と松下院長は語る。
埼玉外科クリニックは手術に伴う患者のさまざまな負担を減らして低侵襲手術を実現したいという松下院長の思いで2022年9月に開院した。主に鼠径ヘルニアに特化して手術を行っており、開院から2年余りで鼠径ヘルニアの手術件数は累計1000件を超え、2024年の手術件数は449件に上った。
「腹腔鏡による鼠径ヘルニアの日帰り手術は徐々に全国に広がってきているものの、まだまだ実施できる医療機関が不足している現状があります。患者さんからのニーズは高く、当院としてはこれからも1件1件を大切に積み重ねていき、患者さんの期待に応えていければと考えています」。
外科医としてこれまで多様な疾患の手術を行ってきた松下院長。その数は5000件に上るという。手術にやりがいを感じ、日々注力してきた外科医が日帰りで行う鼠径クリニック手術に至る、転機があった。
「私の友人の医師が鼠径ヘルニアの日帰り手術を行っており、週に1回非常勤でその友人のクリニックを手伝うようになりました。そこで日帰り手術のメリットを痛感しました。仕事で長期間休めない人や、子育てや介護があったりと切実な事情を抱えた方が日帰り手術を受けに来られたのです。これは患者さんにとって非常にメリットがあると確信し、この方法を徹底的に磨き上げて、日帰り手術をもっと普及していきたいと思うようになりました」
鼠径ヘルニアの手術は、経験のまだ浅い医師が行う入門の手術といった位置付けになっていることも多いと松下医師は明かす。
「基本的にはがんのように悪性の病気ではないものの、再発などのさまざまな合併症も起きる可能性がある手術です。そのため、十分な経験を積んだ医師が、中核となる施設で、その地域の中心となってやっていく。それはがん治療と同じように大切だと思います」と力説する。
松下院長は決意してから鼠径ヘルニアを一筋に治療を続け、その後に埼玉・大宮駅程近くに自身のクリニックを構えた。評判が評判を呼び、同院で日帰り手術を受けたいと多くの患者が訪れるクリニックへと成長した。
同院では安全に治療を進めていくために術前の検査を行い、患者にどのようなリスクがあるか把握し、そもそも日帰り手術するべきか、入院した方がいい症例なのかどうかをきちんと見極める。そして入院手術で行う管理を、患者が自己管理できるように、患者に術前に説明を尽くす。患者の理解を確認しながら、治療を進めていく。
松下院長は、手術する中で進化の余地を見つけると、それを取り入れて手術の質の向上に生かしている。「開院した時点で手術の内容は既に完成されたと思っていましたが、『少しだけここをこうした方がいい』と思うことが日々出てくる。それは見る人が見ないと分からない部分かもしれませんが、こだわっていきたい。今でも十分ご満足いただける内容だと思いますが、一つ一つ改善してより完成度を高めていきたい」と力を込める。
そしてこれからも現場に立ち、自らが治療をしていきたいという。「やはり私自身が手術をして患者さんが良くなり、喜んでもらいたいという思いが医師としての原点にあります。外科医、麻酔科医、看護師、医療事務……、鼠径ヘルニア診療の良いチームを作っていくことが診療の質を高めていくことであり、今それができている手応えがあります。今後もより質を高めて、よりご満足いただけるような鼠径ヘルニア診療を展開していきます」
海外とは違い、日本で鼠径ヘルニアの日帰り手術があまり普及していないのは、日本特有の診療報酬体系も関係していると指摘する。「海外では入院すると高額の医療費がかかりますから、患者さんが入院したくないのは当然です。日本の保険制度は手厚く、入院しても海外ほどの費用はかかりません。病院としても入院していただくと収益になるので、日帰り手術が普及する妨げになっている可能性があります」
それでも、埼玉外科クリニックでは、日帰り手術を受けた患者の喜びや感謝の声を原動力に、腹腔鏡による鼠径ヘルニアの日帰り手術に日々励んでいる。
「世界一の鼠径ヘルニア手術を目指して、日本の医師の知見だけではなく、世界中の知見を集積することで、より良い手術を模索していきたい。これからも理想の鼠径ヘルニア診療を追究し続けます」という松下院長。患者のためにその道を究めようと挑戦を続ける。