エコノミスト未来賞2024

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近年、日本列島で大規模な地震が相次いでいる。2024年も元旦から猛烈な揺れが能登半島を襲った。「地震大国日本」で過ごす以上、災害のリスクから逃れることはできず、備えるしかないのが現状だ。
建物の内外装工事を手がける株式会社オクジューは、1922年の創業以来「耐震」に向き合い国会議事堂や日本銀行、東京駅、スカイツリーなどの建設にかかわってきたリーディングカンパニーだ。年間数百件の施工のほか、新たな工法や建築部材の開発も手がけ、日本の耐震技術の向上に貢献してきた。
「どんなに画期的な工法や建材を編み出しても、施工がいい加減では意味がありません。基本に忠実に、誠意を持って丁寧な施工をすることが何より大切です。」と話す熊本氏の人となりと安全安心へのこだわりに迫る。

「より災害に強く、安全に」新たな技術が業界のスタンダードに

1995年の阪神淡路大震災では50万棟を超える建物や家屋が崩壊し、6千人を超える犠牲者が出た。建物の内部では、多くの天井がはがれ落ちていたという。当時は天井を固定する金具を溶接で取り付けるのが一般的だった。オクジューでは「溶接が甘いと外れてしまうリスクがある」と従来の施工方法に疑念を持ち、溶接からネジ止めに切り替えようとしていた矢先のことだったという。

同社はこの震災を機に、天井固定用のビスクリップやビスハンガーの開発を一気に加速した。当初は、従来の溶接よりコストも手間もかかったが、職人の技量の差が生じることなく安定したクオリティを保つことができることから業界内でも徐々に注目を集めるようになった。溶接材を使わないことで、有毒ガスの発生や火災を防ぐ点も高く評価された。今では、この施工方法が業界のスタンダードだ。耐震、安全を追求するオクジューの執念が業界の常識を変えたのだ。

年々高まる天井耐震化へのニーズに応えるべく、同社は耐震天井部材のラインアップを拡充し、改善を重ね、防音性や耐熱性の強化、軽量化を実現してきた。今春には大手ゼネコンと共同で天井落下防止対策工事の新たな構法を開発した。仮設足場の設置が不要で、劇場や体育館など既存の大規模空間にも短工期で施工できるという。「少しの工夫で性能や強度が格段に向上することもある。他社と協力しながら研究を重ねていきたいです」と熊本氏は語る。

社員も協力会社も「オクジュークオリティ」を尊重してくれる

創業以来、大手ゼネコンや建築事務所をはじめ業界の信頼を一手に集めてきた「オクジュークオリティ」を、同社はどのように維持してきたのだろうか。「社員一人ひとりが“ライフラインとして公的役割を担う企業なんだ”という誇りを持って働いてくれていますし、完成後の建物で過ごす人々に思いを馳せながら施工しているのが分かります。そんな企業風土がオクジューにはあります。自分たちの仕事が人々の安全や快適さにつながっていることをよく知っているんです。」そう話す熊本氏の表情からは、社員を心から誇りに思う様子がうかがえた。

また、オクジュークオリティを支えるのは自社の社員だけではない。「現場では複数の協力会社の皆さんと一緒に仕事をします。ある親方さんが他社の天井の施工を見た時にオクジューとの違いを実感し、“なぜオクジューが信頼されるのか分かった”と教えてくれました。協力会社の親方さんは皆オクジューの理念に共感し、スタッフの方たちにオクジュークオリティを守ろうと呼びかけてくれているんです。ありがたいことです。」

部下をとことん信じる、責任は自分が取る

熊本氏は銀行出身で、21年前に同社4代目社長に就任した。先代までは社長が強い決定権を持ち、社員たちも気軽に意見を言える雰囲気ではなかった。「そこを変えたいと思いました」と熊本氏。自分にお伺いを立ててきた社員には「君はどちらがいいと思うのか」と意見を求めた。社員たちは「こんなに社長と話ができたのは初めて」と驚いていたという。

銀行時代から「部下に任せて、責任は自分が取る」スタンスだった。自分がいいと判断してGOサインを出したら、あとは部下をとことん信じる。上から「待った」が掛かっても、突き進んだ。失敗したら自分が責任を取ればいい。「私は基本的に怒りません。怒られたい人なんていないでしょう。」と熊本氏は話す。社員が叱責を恐れると、ミスを隠す、報告しないということにつながる。それはオクジューが大切にする安全・安心を揺るがすことになりかねない。トップが穏やかでいることが、社員との意思の疎通をスムーズにしているとも言える。「怒られずに済んだと安堵するのではなく、“怒らないでいてくれた”ことに何かを感じ取ってほしい。そこに気づいて、改めてくれれば。」

幼い頃から自然と相手の立場に立って考えることが多かったという熊本氏。銀行時代も、融資を依頼してきたクライアントに「もう少し待てば金利が下がりますよ」と提案したことがある。銀行としては金利が高い時に融資したほうが得だが、相手にとっては少しでも安い時に借りた方がいい。目先の利益を確保するよりも、信頼に値する存在でありたいという思いは今も変わらない。

100年以上にわたって全国の歴史的建造物や駅、百貨店、病院、ホールなど様々な建築に携わってきたオクジュー。「かっこいい言い方をすれば、私たちがやっていることは”地図に残る仕事”。ただ、若い人たちにこの仕事の魅力が伝わっていないのが残念です。業界全体で向き合うべき課題だと思います」と熊本氏は話す。

いわゆる”3K”のイメージが強いのか、建設業界を志す若者は少ない。特に最近はなるべく苦労せずに稼ぎたいという価値観の若者が増えている。興味を持って来てくれる若者がいても、いざ働いてみると思った以上にきつくてすぐに辞めてしまう。「仕事の魅力を発信することも大事ですが、労働環境の改善が急務です。もちろん楽な仕事ではありませんが、それに見合ったお給料を支払いたい。看護師や介護士もそうですが、汗を流してきつい仕事をこなす若者が相応の対価をもらえる社会にしなければなりません。この先、労働力不足で外国人労働者の手を借りる機会も増えるでしょう。それでも、日本の若者が中心となってこの業界を引っ張ってくれればと思います。」南海トラフ地震や首都直下地震などのリスクも懸念される中、日本の安心・安全を下支えする若い力が必要だ。

Profile

株式会社オクジュー

http://okuju.co.jp/

取締役社長

熊本 辰視

1951年生まれ、佐賀県出身。東京大学法学部卒業後、日本開発銀行(現日本政策投資銀行)入行。通商産業省出向、経理部、西ドイツ駐在、審査部・都市開発部課長、松山事務所長、環境対策支援室長などを歴任し、2003年にオクジュー社長に就任。

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