総合バイオマス企業へ前進

日本製紙 瀬辺明 2025.12.01

Interviewer 清水憲司(本誌編集長)

総合バイオマス企業へ前進

── 最近の事業の状況について教えてください。 

瀬辺 今年度は当社グループの5年間の中期経営計画の最終年です。この間、新型コロナ、ウクライナの影響、原燃料価格の大暴騰と非常に苦労しました。原価改善や価格修正、生産体制の見直しなどに取り組み、足元では稼ぐ力が回復しつつあります。中計の目標である営業利益400億円を目指して一生懸命に取り組んでいます。

── 紙の需要はここ10年で3割以上減りました。どのように事業を展開しますか。

瀬辺 需要が減る中でも紙の文化を守りたいと考えています。私たちは「総合バイオマス企業」を目指しており、紙は重要なバイオマス素材の一つと位置づけています。

 事業ポートフォリオの中身をいかに変えるかが重要であり、事業構造転換を進めてきました。生活関連事業を成長分野と捉え、具体的には(1)パッケージ、(2)家庭紙・ヘルスケア、(3)ケミカル・バイオマス素材──の3領域を重点的に伸ばそうとしています。また、森林木材関連事業の強化も柱の一つです。

── ケミカル・バイオマス素材とは、どんなものがありますか。

瀬辺 特に伸ばしたいのが、セルロースナノファイバー(CNF)をはじめとするセルロース系の素材です。実はセルロースはすでに幅広い分野で使われており、増粘剤としてチューブ入りのわさびや歯磨き粉にも使われるほか、リチウムイオン電池の負極のバインダー(接着剤)や樹脂との複合材料にも応用できます。さまざまな分野で使っていただけるような形にしていきたいと思っています。

── グラフィック用紙の国内生産拠点を2028年度をめどに3カ所程度に集約する計画です。

瀬辺 紙の生産設備は減らさざるを得ませんが、拠点を閉鎖するのではなく、そこに他の事業を入れるという発想で進めます。例えば開発段階ですが、既存のパルプの生産設備を生かしたバイオエタノールの製造に取り組んでいます。

 製紙産業は古くから、循環型の事業モデルを築いてきました。再生可能な森林資源を育成・活用し、カーボンニュートラルな燃料を活用し、さらにリサイクルの仕組みも整っています。新しいバイオマス素材の取り組みも、こうした仕組みを生かしながら、進めます。

── オーストラリア子会社は原料供給の途絶で経営の重しになっています。どのように状況を改善していきますか。

瀬辺 2022年末に州有林からの原料供給が途絶え、翌年グラフィック用紙事業からの撤退を余儀なくされました。生産体制を見直し、原料を切り替え、パッケージ用紙の専用工場に転換して、ようやく操業が安定してきたところです。段ボール加工の工場建設や設備更新も進め、原紙から加工まで含めたパッケージの一貫体制を整えました。さらに、収益力の強化に取り組んでいます。

苗木で森林循環支える

── 原料調達の経験が長いですが、その中で学んだことは?

瀬辺 製紙産業の最大の特徴は、再生可能な森林資源を活用できるという点です。さまざまなところから出てくる木材資源を使わせていただいています。林業現場や製材工場、チップ加工工場など、パートナーの協力なくして原料調達は成り立ちません。パートナーの方々と一緒に山を歩き、品質確保や安定供給に取り組んできました。その中で、私たちは単に紙の原料を買っているのではなく、木材を無駄なく使う「カスケード利用」の一員として社会的責任を担っていることを肌感覚で学びました。カスケード利用とは、木材を建材、合板、ボード、パルプ、燃料と価値の高い用途から順に使い切る仕組みです。木材資源を最大限に生かす重要な取り組みですが、機能させるにはサプライチェーン全体の力が不可欠です。

── 林業を支える取り組みも進めています。

瀬辺 カスケード利用の川上にあるのが林業です。「伐(き)って、使って、植えて、育てる」のサイクルをしっかり回すことが重要です。

 林業を巡る課題は多いですが、その一つが再造林が進まないことです。背景にはコストや人手不足の問題もありますが、苗木不足も大きな原因の一つです。

 苗木不足を解消するため「エリートツリー」事業を進めています。エリートツリーとは、国の機関が開発した、成長がよく花粉が少ない、形もいい優良木の苗木です。全国各地で地元の生産業者とタッグを組み、当社の増殖技術やノウハウを生かしながら生産を進め、苗木を販売します。

 もちろん事業としてしっかり成立させる必要がありますが、私たちは国産材を使いたいと考えています。日本の企業として日本の資源を活用したいですし、近くから調達した方が環境負荷も小さい。林業への支援が国産原料の安定調達につながります。

(構成=伊藤奈々恵・編集部)

横顔

Q これまで仕事でピンチだったことは

A 2022年の原燃料価格高騰です。生産体制の見直し、徹底したコストダウン、製品価格の修正など、社員全員必死でした。石炭使用を抑えるため、パルプ製造で生じる「黒液」の燃料活用にも取り組みました。結果的に企業体質の強化につながったと思います。

Q 「好きな本」は

A 佐々木常夫さんの『決定版 上司の心得』。部長になったころ、感銘を受け、社長になった今、読み返しています。

Q 休日の過ごし方

A 一番好きなのは山歩きで、特に東北の山が好きです。最近は行く時間がなく、もっぱら街歩きとジョギングです。

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事業内容:紙・板紙、パッケージ、家庭紙、バイオマス素材の製造・販売

本社所在地:東京都千代田区

創立:1949年8月1日

資本金:1048億円

従業員数:1万5145人(2025年3月末時点、連結)

業績(25年3月期、グループ)

 売上高:1兆1824億円

 営業利益:197億円

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 ■人物略歴

せべ・あきら

 1965年生まれ。滋賀県出身。滋賀県立虎姫高校卒業。88年、岩手大学農学部林学科卒業、十条製紙(現・日本製紙)入社。林材部長、原材料本部長などを経て、2020年執行役員。25年6月から代表取締役社長。59歳。

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週刊エコノミスト2025年12月9・16日合併号掲載

編集長インタビュー 瀬辺明 日本製紙社長