第65回(2024年度)エコノミスト賞

『現代日本の金融システム』

2025.03.31
 エコノミスト賞選考委員会(委員長=井堀利宏・東京大学名誉教授、政策研究大学院大学名誉教授)は、内田浩史著『現代日本の金融システム』(慶応義塾大学出版会)に「第65回(2024年度)エコノミスト賞」(毎日新聞社、毎日新聞出版主催、千葉商科大学協賛)を授与することを決めた。

対象作品は24年1〜12月に刊行された著書。主要出版社の推薦なども踏まえて、選考委員会で2度にわたり審査を行った。

最終選考にはこのほか、以下の著書が残った。

▽『日本の女性のキャリア形成と家族』(永瀬伸子著、勁草書房)

【エコノミスト賞】

 エコノミスト編集部が主催して1960年に創設した。日本経済、世界経済について、毎年1〜12月に発表された著書の中から、もっとも実証的・理論的分析に優れた作品に授与される。多くの有為な人材を世に送り出し、「経済論壇の芥川賞」と評される。

内田浩史(うちだ・ひろふみ)神戸大学大学院教授

 1970年兵庫県生まれ。93年大阪大学経済学部卒業、96年同大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学、99年同大学博士(経済学)。京都大学経済研究所、和歌山大学経済学部を経て2009年神戸大学大学院経営学研究科准教授、11年同教授。03年フルブライト研究員、16年度安倍フェローなどを歴任。18年度全国銀行学術研究振興財団賞受賞。

講評 バブルと金融システムの関係 エビデンスに基づき評価

◆選考委員長 井堀利宏

 2024年度の「エコノミスト賞」の最終選考には2冊の著作が残った。研究の独創性や分析の説得力、一般読者への分かりやすさなど多様な観点から議論を尽くした結果、バブルとその崩壊以降の日本の金融システムのパフォーマンスを冷静かつ説得的に評価した『現代日本の金融システム』に授与することに、選考委員全員が賛同した。著者の内田浩史氏には心からお祝いを申し上げたい。

 本書は、著者のこれまでの研究成果と知見を総動員して書かれた労作である。金融システムという概念にこだわって、その評価を多面的、包括的、体系的に論じている。

 金融システムを分析する理論的な枠組みを根本から構築し(1、2章)、日本の金融制度(3章)、金融構造(資金循環など、4章)を1980年代から丁寧に追うとともに、バブルの形成・崩壊(5章)、不良債権問題と金融危機(6章)、貸し渋りと追い貸し(7章)と激動の時代の評価を精選された実証分析を紹介しながら、何が起こったか丁寧に再評価している。

 著者は、実体経済の低迷の要因が金融機関による資金提供の不足(貸し渋り、貸し剥がし)にあったのか、あるいは、過剰な資金提供(追い貸し)によるゾンビ企業の温存にあったのかを検討し、いずれも長期低迷の主因であったとは言い切れないと指摘する。金融政策は90年代後半の金融危機の悪影響を最小限にとどめた点で有効であったと評価するが、00年代以降に実施された非伝統的な緩和政策の効果については、おおむね否定的である。

 本書は、まずは評価に必要な経済学的枠組みを整え、その下で金融システムが適切に機能していたかを考察している。金融システムのあるべき姿に関しては、これまでもさまざまな議論が行われてきた。しかし、確固とした既存の実証分析(エビデンス)に基づく議論でなければ、それは説得力に欠ける。

事実踏まえ議論を展開

 本書は、制度的な事実を踏まえ、各種データでその実態を把握すると同時に、エビデンスを包括的に整理・検証することで、きわめて説得力のある議論を展開している。その際、直観に基づく主張やデータの裏付けがない議論を排除して、できる限り首尾一貫した緻密な議論を展開しており、こうした執筆姿勢は高く評価できる。本書は、日本の金融問題を考えるうえで基本書の一つになるだろう。

 日本では長期停滞から脱出するため、従来のシステムを抜本的に改革する必要性に迫られている。著者には、デジタルを活用した新しい金融サービスの提供など、これまで十分なエビデンスがないテーマにも取り組むことで、これからの金融システムのあり方についても、より積極的な政策議論を期待したい。

 永瀬伸子氏の『日本の女性のキャリア形成と家族』も最終選考に残った候補作であった。

 本書は、戦後の高度経済成長を達成した後に、長期に低迷している日本経済の抱える問題について、特に女性という観点から分析を行った興味深い研究である。少子化(人口問題)、低賃金・低生産性(労働問題)、将来における社会保障負担の問題(社会保障問題)の根源には、女性労働に対する差別的な社会慣習や制度が存在することを示している。

 本書は著者の長い研究経歴の成果をまとめた大著であり、政策効果の分析を行った章も高く評価できる。ただし、分析結果が得られた背景やその対処について、もう少し深い議論が欲しいという指摘があった。


◇エコノミスト賞選考委員

■委員長

井堀利宏(東京大学名誉教授、政策研究大学院大学名誉教授)

■委員

浦田秀次郎(早稲田大学名誉教授)

鶴光太郎(慶応義塾大学教授)

福田慎一(東京大学教授)

三野和雄(京都大学経済研究所特任教授)

岩崎誠(『週刊エコノミスト』編集長)