第54回(2013年度)エコノミスト賞

非伝統的金融政策の経済分析』

2014.04.04

◇『非伝統的金融政策の経済分析』 竹田陽介/矢嶋康次・著(日本経済新聞出版社)

 エコノミスト賞選考委員会は、「第54回エコノミスト賞」受賞作に、竹田陽介、矢嶋康次著『非伝統的金融政策の経済分析』(日本経済新聞出版社)を選んだ。授賞式は4月14日に東京都内で行う。両氏には賞金100万円と賞状、記念品、日本経済新聞出版社に賞状と記念品を贈る。
 選考の対象作品は13年1~12月に刊行された著書・論文。読者アンケートや主要出版社の推薦書などを踏まえ審査した。最終選考には、そのほか、山内麻理著『雇用システムの多様化と国際的収斂』(慶応義塾大学出版会)、加藤弘之著『「曖昧な制度」としての中国型資本主義』(NTT出版)、濱口桂一郎著『若者と労働─「入社」の仕組みから解きほぐす』(中公新書ラクレ)の計4作が残った。
 エコノミスト賞は1960年に創設。日本経済および世界経済について、実証的・理論的分析に優れた作品に授与される。歴代受賞者から多くの有為な人材を送り出している。

竹田陽介(たけだ・ようすけ)上智大学経済学部教授

1964年生まれ。東京大学経済学部卒業。同大学院経済学研究科博士課程修了。ラトガース大学客員助教授、エール大学客員研究員、上智大学経済学部准教授などを経て、2005年から現職。専門はマクロ経済学。共著書に『マクロ経済学をつかむ』(有斐閣)など。

矢嶋康次(やじま・やすひで)ニッセイ基礎研究所経済研究部チーフエコノミスト

1968年生まれ。東京工業大学工学部無機材料工学科卒業。日本生命保険入社、95年ニッセイ基礎研究所に移り、シニアエコノミスト、主任研究員などを経て12年4月から現職。共著書に『期待形成の異質性とマクロ経済政策』(東洋経済新報社)など。

■講評

◇非伝統的金融政策の効果を理論・計量両面から本格分析

選考委員長 奥野 正寛(おくの まさひろ)

 2013年度のエコノミスト賞は、竹田陽介氏と矢嶋康次氏の共著『非伝統的金融政策の経済分析:資産価格からみた効果の検証』に決定した。最終選考会で残った候補作4作の中から全員一致で選ばれたお二人に、お祝いを申し上げたい。
 1999年、日銀によってゼロ金利政策が導入されて以来日本で、またリーマン・ショック以来先進各国で、いわゆる「非伝統的金融政策」が導入され継続されている。非伝統的金融政策がどのような効果を持っているのか、またそれは有効なのか、あるいは大きな副作用を伴うのか、その議論には百家争鳴の感がある。
 この間、時間とともに、非伝統的金融政策の経済的効果と影響についての大量のデータが各国、特に日本で蓄積されつつある。それにもかかわらず、統計データの丹念な分析や先行研究との比較を通じて、非伝統的金融政策を体系的かつ学術的に分析した書物はほとんど存在しない。本書は、喫緊の課題である非伝統的金融政策を、「伝統的な政策手段であった短期金利が、ゼロの下限制約に直面した下での金融政策」と定義したうえで、それを理論・計量の両面から本格的に分析したパイオニア的研究であり、非伝統的金融政策の効果を検証し、どんな具体的政策を行うべきかについて、真正面から包括的に研究した成果をまとめている。

 具体的には、金融政策が民間の経済主体の期待形成に働きかける効果を分析し、ゼロ金利下では期待形成が同質化するために、期待形成の罠にはまっている可能性が高いという、興味深い指摘を行う。日銀のゼロ金利へのコミットメント自体が金融市場の効率性を低下させ、資産価格の情報集約機能が働かなくなってしまっているというわけである。また、投資家のリスクテークに働きかけるために、「最後の買い手」としての中央銀行がさまざまな非伝統的金融資産を購入することで、市場流動性を高め、投資家のリスク許容度を引き下げることの効果を検討する。

 その際、どんな金融資産を購入することが望ましいか、そのためにはそもそもどんな資産が提供されるべきかといった検討も示唆に富んでいる。最後に、市場とリスクをシェアするために、中央銀行が今後果たすべき役割とあるべき姿を探る、という野心的な分析で締めくくられる。
 このように本書は、非伝統的政策が期待や投資家のリスクテークに働きかける効果の分析に加えて、そもそもの中央銀行の役割や国債価格維持政策の意義などにも議論が及んでおり、政策的に重要なタイムリーなトピックを扱っている。これまでの通説を大きく覆す大発見こそないものの、相対的に研究蓄積が少ない日本の金融政策を主な対象に、経済学の最近の標準的な分析手法を使って、結論が導かれている点が高く評価されて受賞に至った。

 とはいえ、本書にはいくつかの欠陥がある。学者と実務家の共著であることを反映してか、啓蒙的で理論的な説明と極端に数学的でテクニカルな部分が混在する。また、興味深い問題をあまりにも多く盛り込もうとしたためか、分析全体の焦点が曖昧であるという印象がぬぐえない。その意味で、一般の読者にも専門家にも決して読みやすい書物とはいえず、エコノミスト賞が伝統的に対象としてきた、広い読者層に訴える良書という範囲に入るのかどうか、選考委員会でも疑問の声が上がった。

 各章ごとに問題意識を明確に説明し、それに基づく理論仮説を提示したうえで実証分析の結果を提示して、得られた結論を要約するという、最近、定番になった書物作りをしていれば、より読みやすい書物としてその価値が数段上がったのではないかと惜しまれる。
 その他に候補作として最後まで残ったのは、山内麻理著『雇用システムの多様化と国際的収斂』、加藤弘之著『「曖昧な制度」としての中国型資本主義』、濱口桂一郎著『若者と労働』の3点である。
 山内氏の著書は、日本の雇用システムのあり方が、日系・外資、業種・職種などでどう異なり、多様性が拡大しているのか収斂しているのかを、銀行・証券・生命保険業の事例を中心に検討した野心作である。外資が本国での最善の手法を持ち込むことで多様化が進み、グローバル化が進展し競争が激化する業種では、国際的な収斂が進んでいる、などの点を明らかにした。だが、新鮮な結果がなく、既に別の賞を受賞していることもあって受賞を逸した。

 加藤氏の著書は、現代中国経済の現状を、「曖昧な制度」に基づいた中国型資本主義と位置づけ、その特徴と限界、変容の可能性を検討した好著である。ただ、「曖昧な制度」という概念自体が曖昧であり、伝統経済から市場経済へ、計画経済から市場経済へという「二重の移行」の過程で生まれた過渡的な現象ではないかという疑問に、説得的な答えが与えられていないことが評価を下げた。
 濱口氏の著書は、日本と欧米の雇用の仕組みの違いを論じた良質の啓蒙書である。ただ、本書の主張にはデータの裏付けが少なく、主張にどれだけの根拠があるのか疑問があることが問題とされ、受賞を逸した。


◇エコノミスト賞選考委員

委員長 奥野正寛(武蔵野大学教授)

委 員 浅子和美(一橋大学教授)/井堀利宏(東京大学教授)/樋口美雄(慶応義塾大学教授)
/福田慎一(東京大学教授)/三野和雄(京都大学教授)