■講評
◇例年になく高い水準の好著 性質異なる2冊が受賞
選考委員長・奥野正寛
2014年度のエコノミスト賞は、例年になく非常に高い水準の好著が複数あり、激戦になった。そのため、エコノミスト賞としては極めて例外的な措置であるが、最終的に性質の異なる、しかしレベル的には甲乙つけがたい2冊に同時に与えられることになった。受賞したのは、後藤康雄氏の『中小企業のマクロ・パフォーマンス』と冨浦英一氏の『アウトソーシングの国際経済学』である。お二人に、心からお祝いの言葉を贈りたい。
◇中小企業支援の問題指摘
後藤氏の書物は、標準的な経済学の立場から、計量分析を駆使して日本の中小企業の内実を明らかにした好著だ。伝統的に中小企業は社会的弱者と捉えられ、中小企業政策もきちんとした検討なしに実行されることが多い。
本書は、客観的で緻密な検証が行われることが少なかった中小企業という対象に対して、「可視化」「包括性」「実証的」という三つのキーワードをてこに、体系的な分析を行っている。可視化とは、中小企業に対する多岐にわたる概念を整理し、可能な限り数量的に捉えようとする立場である。包括性とは、生産、技術、雇用、資金調達など、さまざまな分野からの分析を包括的に行おうという姿勢である。実証的とは、データに基づいたエビデンス・ベースの分析を行うことである。
本書はまず、他の先進国と異なって、日本の中小企業就業者の比重の続落が続いている理由を分析する。特に、事業所の参入・退出、他の階層との移動というダイナミクスに分解し、その主因が参入の減退に求められることを明らかにする。相次ぐ中小企業への金融支援をはじめとした、政策による非効率企業の温存がその大きな理由であることを明確にしている。
総じて、生産性や雇用、資金調達などの側面での分析を含め、安易な中小企業への支援政策に対し、きちんとした実証分析を踏まえ、客観的・中立的な記述に基づきつつ、その問題点を指摘する姿勢には好感が持てる。全体を通じて、中小企業政策による既存企業の保護と新規参入の促進は真っ向から対立する可能性があるという問題意識が鮮烈である。
とはいえ、中小企業政策を今後どのように進めてゆけばよいかなど、本書の議論を踏まえた政策提言に物足りなさを覚えるという指摘も多かった。また学術書として考えると、そのオリジナリティーという点で見劣りするという指摘も多かった。とはいえ、本全体として調和の取れたまとめ方がされており、一つの書籍として高く評価できるという点で選考委員の意見が一致した。
◇企業調達を分析
冨浦氏の著書は、IT技術やインターネットの発展とグローバル化を背景に、国際的なアウトソーシングが急速に進みつつある現状について、理論仮説を日本のミクロ・データを通じて実証することで、政策的な含意を抽出しようというスタイルが貫かれた良書である。
情報技術の発展によって、コールセンター業務やプログラミングといった伝統的に非貿易財と考えられてきたサービス業での国際的アウトソーシングが急速に進みつつある。また製造業でも、日本が部品・素材を提供し、東アジアの新興国が組み立てを分担するという国際分業を背景に、日本企業が現地企業や日系企業にアウトソースするという生産・貿易ネットワークが主流になりつつある。このような事実を説明する経済理論として、新・新貿易理論のエッセンスについて要領のよい簡単な解説を与え、企業レベルのアウトソーシングのあり方について理論的な仮説を提示する。
具体的には、国内と国外、社内と社外からの中間財調達について、生産性あるいは規模の大きさによって、最も大規模な企業ほど、直接投資による国外の自社工場からの調達を、次の規模の企業は外国の社外企業からの調達を、規模の小さい企業は国内調達を行うはずだという理論仮説を得る。日本のデータを基にこの仮説を実証した著者自身の発見が示される。
また、国境を越えた中間財調達について、外注するか社内子会社に任せるかという問題を取り上げ、不完備契約の理論の結論に基づいて、契約の不完備性が高ければ社内子会社に、低ければ外注が選ばれるという理論仮説を説明する。資本と労働という二大生産要素を考えれば、労働の方が完備な契約を結ぶことが困難だという仮定に基づけば、労働集約度の高い企業ほど外注が選ばれることになるはずで、著者は日本のミクロ・データを用いて、この仮説が事実実証されることを明らかにする。
このように、仮説を提示し、それを実証し、政策的な含意を抽出しようという姿勢が貫かれ、好感が持てるという評価が多かった。また、元の業績は欧米の研究者に負っているとはいえ、専門論文からの引用数が多い、著者自身の学術的に高い業績を基に叙述が展開されている点も印象的である。
とはいえ、アウトソーシングといっても、外国の社外からと国内の社外からの調達の区別がはっきりしない点や、書物としての体系的叙述が不十分といった欠点があるというのも、選考委員の一致した意見であった。
最終選考に最後まで残ったもう一冊は、山崎福寿氏の『日本の都市のなにが問題か』(NTT出版)だった。日本の都市政策、特に都市計画や土地・住宅規制がもたらした問題点を、都市・地域経済学の視点から分析した良質の経済書である。都市と地方の格差、マンション建て替え問題、相続・介護など、都市住民が抱える諸問題に対して、著者は一貫して市場メカニズムの解決の有用性を主張する。望ましい政策提言を多く展開していて、今日的な意義は大きいと評価された。
ただ、市場の失敗が多い都市の問題に対して、市場メカニズムを過信させるような荒っぽい論理展開が目立ち、もう少し丁寧で、理論的・実証的な裏付けのある議論がほしいという評価が多く、選から漏れることになった。
◇エコノミスト賞選考委員
委員長 奥野正寛(武蔵野大学教授)
委員 井堀利宏(東京大学教授、2015年4月から政策研究大学院大学教授)
樋口美雄(慶応義塾大学教授)
福田慎一(東京大学教授)
三野和雄(京都大学教授)