第63回(2022年度)エコノミスト賞

『研究開発支援の経済学』

2023.07.07

 エコノミスト賞選考委員会(委員長=井堀利宏・政策研究大学院大学名誉教授・客員教授、東京大学名誉教授)は、岡室博之、西村淳一著『研究開発支援の経済学─エビデンスに基づく政策立案に向けて』(有斐閣)に「第63回(2022年度)エコノミスト賞」(毎日新聞社、毎日新聞出版主催、千葉商科大学協賛)を授与することを決めた。授賞式は6月5日に開催予定。岡室・西村両氏には賞金100万円と賞状・記念品が、出版元の有斐閣には賞状が贈られる。

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【エコノミスト賞】

 エコノミスト編集部が主催して1960年に創設した。日本経済、世界経済について、毎年1~12月に発表された著書の中から、もっとも実証的・理論的分析に優れた作品に授与される。多くの有為な人材を世に送り出し、「経済論壇の芥川賞」と評される。

岡室博之(おかむろ・ひろゆき)一橋大学教授

1962年大阪生まれ。84年一橋大学経済学部卒業、86年同大学大学院経済学研究科修士課程修了。経済学博士(独ボン大学)。一橋大学経済学部講師、准教授を経て、2011年一橋大学大学院経済学研究科教授。文部科学省在外研究官、英国バーミンガム大学客員研究員などを歴任。

西村淳一(にしむら・じゅんいち)学習院大学教授

1982年東京生まれ。2006年一橋大学経済学部卒業、07年同大学大学院経済学研究科修士課程修了、11年同大学大学院経済学研究科博士課程修了、経済学博士取得。一橋大学イノベーション研究センター助手、学習院大学経済学部准教授を経て18年より現職。日仏会館リサーチアシスタントなどを歴任。

講評

選考委員長 井堀利宏

研究開発の実態・効果を分析   イノベーション推進の情報源に

 2022年度の「エコノミスト賞」の最終選考には2冊の作品が残った。研究の独創性、分析の説得力や、一般読者への分かりやすさなど多様な観点から議論を尽くした結果、日本における政府と地方自治体による公的な研究開発支援の実態とその評価をめぐる実証研究の成果をまとめた『研究開発支援の経済学』に授与することに、選考委員全員が賛同した。著者の岡室博之・西村淳一氏には心からお祝いを申し上げたい。

 本書は13の章から成る。第3章から5章では政府が支援する産学官連携の共同研究開発の実態とその効果を分析している。大学と企業の間では研究目的の相違や利害の対立が生じがちだが、政府が両者間のコーディネーターの役割を果たすと連携がうまく進展することが計量的に実証されている。

 第6章から9章では、経済産業省による産業クラスター計画と文部科学省による知的クラスター計画を検討。産業クラスター計画では、研究開発への補助金のようなハード面での直接の支援よりも、ネットワークの形成などのソフト面の支援が参加企業の業績に貢献した。知的クラスター計画では、事業の開始直後は大学などの参加機関の使用研究費は増加したが、参加企業の経営成果や生産性の上昇については有意な効果が見られなかった。第10章から12章では、地方自治体の研究開発支援を分析している。アンケート調査と聞き取り調査により、15年度に全国の自治体が行った研究開発事業の補助と委託事業を調べて、一部の自治体では独自の研究開発支援が実施され、その援助の実態も多様であるが、その要因が補助を受ける地域企業のニーズの違いに起因することを確認している。

 以上のように、本書は日本における産学の研究開発に対する公的支援の実態とその効果を幅広く丁寧に、かつ緻密な実証分析で検討した優れた研究書である。一般読者が読みこなすには難しい内容もあるが、読みやすさも意識されて書かれている。日本経済活性化の重要課題であるイノベーション推進に関心のある実務家、政策担当者にとっても有用な情報源になるだろう。本書は、この分野の権威である岡室氏と新進気鋭の研究者である西村氏の共同研究に基づく。若手の顕彰を目的とするエコノミスト賞の性格上、岡室氏の年齢が議論になったが、若い西村氏の貢献も大きいと評価された。本書の受賞を契機として、西村氏のような若手の研究者が一層活躍することを期待したい。

西村氏の貢献も評価

 加藤雅俊氏の『スタートアップの経済学』も最終選考に残った候補作であった。本書はスタートアップ企業に関するさまざまなトピックについて理論的に説明するとともに、内外の実証研究の成果にも丁寧な解説を行っている。産業組織論やミクロ経済学の基礎理論を踏まえた叙述は明快であり、読みやすい。教科書の形態を取っているものの、学術書としても有益であり、スタートアップ企業にまつわる理論とデータを全般的に解説した本として貴重である。政策担当者、起業家、投資家にも参考となる。ただし、本書で解説されている実証研究の大半は欧米の研究者によるものであり、著者自身が日本企業を対象に行った実証結果はあまり議論されていない。著者には、自身の研究成果を踏まえた本格的な研究書を期待する。

 なお、仲田泰祐・藤井大輔氏の『コロナ危機、経済学者の挑戦』(日本評論社)は、コロナウイルス感染症の数値分析というタイムリーなトピックを取り扱っており、評価する意見もあったが、対談形式がネックとなり最終選考から外れた。


◇エコノミスト賞選考委員

■委員長

井堀利宏(政策研究大学院大学名誉教授・客員教授、東京大学名誉教授)

■委員

浦田秀次郎(早稲田大学名誉教授)

鶴光太郎(慶応義塾大学教授)

福田慎一(東京大学教授)

三野和雄(京都大学経済研究所特任教授)

秋本裕子(『週刊エコノミスト』編集長)

 最終選考にはこのほか、以下の著書が残った。

▽ 『スタートアップの経済学─新しい企業の誕生と成長プロセスを学ぶ』(加藤雅俊、有斐閣)