自然観光に大きなチャンス
星野リゾート 星野佳路 2025.07.28
Interviewer 岩崎誠(本誌編集長)
自然観光に大きなチャンス
── 観光業界はインバウンド(訪日外国人観光客)の増加や円安の追い風が吹いています。
星野 インバウンドと円安に加えて日本人の国内旅行も順調に伸び、2024年は日本全体では過去最高の観光消費額になりました。振り返ってみると、長く続いたデフレの下では観光産業も供給過多であり、とにかく需要増加策が大事でした。ところが、アフターコロナでは需要が急速に伸び、労働力の確保の方が大きな課題になりました。この変化に従って経営の優先順位を変え、星野リゾートの各施設は年間を通じて高い稼働状況になっています。
── どのような部分を変えたのですか。
星野 需要つまり宿泊予約を獲得するためのサービス内容から、スタッフが快適に働けるサービス内容へカジを切りました。温泉旅館ではチェックアウト後、お客さまの車が見えなくなるまでスタッフが手を振って見送りをしていました。業界では「これが良いサービス」という概念があります。しかし、現場スタッフから「やめるべきだ」という意見が出てきました。
車に荷物をお運びしてしっかりとごあいさつをした段階でサービスを終了することにしました。これで劇的に時間効率が向上してチェックアウト対応の回転も速くなり、顧客満足度へも影響がないことを確認した上で、「習慣」として残ってきたサービスを変えることができました。
── インバウンドは昨年、約3600万人でした。政府目標の6000万人は実現可能ですか。
星野 実現は可能でしょう。しかし、その数字に到達すれば良いわけではなく、維持しなければなりません。不可欠なのはリピーターの確保です。現状は二つの問題があります。一つは「ゴールデンルート」だけではリピートは期待できない点です。東京、京都、広島のルートが人気ですが、このルートに毎年来るとは考えにくい。コンテンツ投資の際にはリピートに重点を置いていくべきでしょう。
── もう一つの問題とは。
星野 インバウンド格差です。今は東京、京都、大阪、北海道、福岡に全体の70%が集中し、他の地域に回っていません。もともと観光立国は地方の雇用や経済基盤を支えることが目的でしたが、だいぶ違う姿になっています。現状の集中状況のまま訪日客が倍増すれば、オーバーツーリズムの問題が悪化します。インバウンド格差を解消しながら6000万人を目指さないといけません。
休暇の分散化を
── どんな方策がありますか。
星野 日本は自然観光に大きなポテンシャルがあります。東京、京都、大阪の強みは文化観光にあり、日本の得意分野ですが、カナダやスイスのような自然を生かした観光は苦手でした。しかし、北海道から沖縄まで特徴が全く異なる35の国立公園や五つの世界自然遺産があります。自然観光であればどんな地域でも独自の強いコンテンツを発想できる。自然観光を強くすれば、結果的に大都市圏への集中も減らすことができます。
── 9月には尾瀬国立公園の入り口の鳩待峠(群馬県片品村)に新ブランド「LUCY(ルーシー)」のホテルをオープンさせます。
星野 自然観光の大事な要素として「山の中での宿泊」があります。既存の山小屋は日本の山岳観光で重要な役割を果たしてきましたし、今もファンがたくさんいます。しかし、プライバシーの確保などの面で入っていきづらいと感じている人々もいる。私たちはLUCYで、プライベートな寝室、温水洗浄トイレ、シャワー、肉・魚・卵のご飯、ホテル内に尾瀬に入る前の最後のコンビニ、充電・Wi-Fiの提供を約束しています。非常に良い反響をいただいています。やはり自然観光には大きな需要がありますし、今後の重要テーマでしょう。
── かねて「休みの分散化」を唱えてきました。
星野 インバウンドの増加に伴いオーバーツーリズムが注目されるようになりましたが、実はこの問題ははるか昔から存在しました。1980年代のスキー場のリフトは2時間待ちでしたし、今もゴールデンウイーク(GW)は人気の観光地ならいくらホテルがあっても足りません。「特定の時期しか需要がない」という状況が観光産業全体の生産性を下げ、非正規雇用比率75%という現状にもつながっています。星野リゾートが成長できたのは、休みの集中という制約の中で平日の需要を高める施策を進めてきたからでもあるのです。
── 制度的な休みの平準化にはハードルもあるようです。
星野 日本を五つの地区に分けてGWを1週間ずつずらして取ることを提案してきました。料金は安くなり、混雑も減るので良い策だと思います。フランスなど観光先進国では以前から行われており、観光産業の生産性向上と旅行者の利便性に貢献しています。
(構成=清水憲司・編集部)
横顔
Q 仕事でピンチだったこと
A 経営を引き継いだ頃は、田舎の小さな温泉旅館でしたから働いてくれる人がなかなか見つからなかった。明日のスタッフが出勤してくれるかどうかも分からず、大ピンチでした。
Q 「好きな本」は
A ケン・ブランチャード他の『1分間エンパワーメント』です。リクルーティングの問題を抱えていましたから、大きな衝撃を受けました。
Q 休日の過ごし方
A スキーですね。国内外で年間70日間は滑走しています。
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事業内容:リゾートや温泉旅館の経営・運営受託
本社所在地:長野県軽井沢町
創業:1914年
資本金:1000万円
従業員数:4922人(2025年4月1日)
運営施設数:71(国内66・海外5)
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■人物略歴
ほしの・よしはる
1960年長野県出身。慶応義塾高校卒業、83年慶応義塾大学経済学部卒業。米コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。91年星野温泉旅館(現星野リゾート)社長、現在に至る。65歳。
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週刊エコノミスト2025年8月5日号掲載
編集長インタビュー 星野佳路 星野リゾート代表