10年後を見通す戦略 20種を超す候補物質

アステラス製薬 安川健司 2022.07.25

最先端の科学で新薬開発目指す

安川健司 アステラス製薬社長

 

 Interviewer 秋本裕子(本誌編集長)

 

── 医薬品の中でも新薬開発に特化しています。

安川 薬は大きく3種類に分けられます。まず処方箋の必要な医療用医薬品と、必要ない一般用医薬品です。医療用には、特許期間として開発者の独占販売権が守られる新薬(先発薬)と、特許期間後に製造されるジェネリック医薬品(後発薬)があります。それぞれを作るには、求められる経営戦略が異なり、力を分散させないよう、当社は新薬に特化しています。

 今、一番売り上げが大きいのは「XTANDI(イクスタンジ)」という前立腺がんの薬で、2021年度実績で5343億円でした。旧来の化学合成技術で作った低分子医薬品ですが、治療法がなかったところに新しい薬を導入でき、ヒットしました。臓器移植の際に使う免疫抑制剤「プログラフ」(21年度売り上げ1854億円)もそうです。

── 新しい治療法が開発されるほど未開拓分野は狭まり、難しくなりませんか。

安川 科学の進歩で10年前、15年前には全く使えなかった技術が見いだされ、狭くなるどころか開拓されています。特に遺伝子治療の領域はゲノム編集技術の登場により格段に広がりました。もちろん、最新の進歩した科学を、適切に使いこなす技術力が必要です。

 

30年代を見据えた戦略

 

── ヒット薬もいずれ特許が切れます。売上高の4割を稼ぐXTANDIも27年から特許切れが始まり、経営戦略が難しそうです。

安川 薬という製品は一般的に、(薬を投与する対象疾患の)適応を徐々に拡大してピークを迎え、特許が切れることで下降していく、という売り上げのカーブを描きます。製品の寿命が尽きる前に、新しいものを作り出すサイクルがないと新薬メーカーの経営はできないので、研究開発のパイプラインが大事です。それが経営者の責任の大きな部分です。開発までに10年、20年とかかるので、30年代中盤までを視野に戦略を立てています。

── 有望な候補薬が開発途中で潰れてしまうケースもあります。

安川 薬の候補となりそうな物質を見つけ、本格的な毒性試験や製造方法の確立を経て初めて臨床試験が始まります。その後に予期せぬ毒性が見つかることもあります。臨床試験に進んでも、見込んでいた有効性が得られなかったりします。各国の規制当局への申請や審査も年単位です。

 そのため、候補物質一つだけには頼れません。今年4月に更新した重点領域の研究・開発プロジェクトの進展状況では、候補物質24種類を示しています。このくらいの数がないと難しいですね。

── 巨額の開発費も必要です。

安川 大手の新薬メーカーは、全世界の総売り上げの10%台後半から20%を研究開発費に充てています。当社も21年度は19%、2460億円を充てました。当社の持つ力で「どこで、どう戦うか」を定めて研究開発戦略を立てています。

── M&A(合併・買収)や提携も効果的に活用しています。

安川 単に規模を大きくしたいのではなく、製品を作るべく当社に足りない部分を見極め、一番使いたい技術を吟味して交渉します。例えば細胞を使う治療薬ですが、実際に治療に使う場合の費用を考え、患者自身の幹細胞ではなく、iPS細胞(人工多能性幹細胞)やES細胞(胚性幹細胞)を使った治療薬の開発を進めています。

 幹細胞を別の細胞に分化させる技術力が高い米バイオ企業のオカタ社を16年に買収し、細胞治療の技術を強化しました。また両幹細胞とも他人の細胞なので、薬とするには免疫拒絶が課題です。そこで細胞の免疫システムの知見を持つ米バイオベンチャーのユニバーサルセルズ社も18年に買収しました。足りない部分を補いながらビジネスを構築しています。

── 新中期経営計画で掲げた「25年度に株式時価総額7兆円以上」の目標は、現在(約3・5兆円)の2倍という高い数値です。

安川 XTANDIをはじめ重点戦略製品の売り上げの25年度の姿を描き、研究戦略や製造コスト、一般管理費を加味すると、コア営業利益率で30%、売り上げは1兆8000億円を目指せると見込んでいます。それを達成した場合に株式市場が当社をどう評価するか、現在の製薬会社の株価の付き方を分析して出しました。

── ヘルスケア分野にも力を入れています。

安川 当社のモットーは「最先端の科学を追求し、患者さんの価値に変えよう」です。治療薬以外でも、当社のノウハウを異業種と組み合わせたら、選択肢は広がります。糖尿病患者に運動支援をするスマホ向けアプリをゲーム事業会社と、数ミリというサイズの極小埋め込み型医療機器を電子機器メーカーと、共同開発しています。

 新技術を受け入れて、変化し続けてきた当社の強みを生かし、アンメットメディカルニーズ(満たされない医療ニーズ)に今後も挑戦していきます。

(構成=荒木涼子・編集部)

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横顔

 

Q 30代の頃はどんなビジネスパーソンでしたか

A 7年間、米国で研究開発をしました。旧山之内製薬で初の海外での自社開発で、実質、片道切符でした。48州に足を運び、グローバルな働き方や会議の仕方を学んだ経験が今の私を作っています。

Q 「好きな本」は

A 『ファクトフルネス』(日経BP)は固定観念にとらわれず、世間のデータを勉強して本質を見る大切さを教えてくれました。

Q 休日の過ごし方

A 時間の限り、走って、泳いで、ゴルフをしています。

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事業内容:医薬品の製造・販売および輸出入

本社所在地:東京都中央区

創業:1923年

資本金:1030億100万円(2022年3月末)

従業員数:1万4522人(22年3月末現在、連結)

業績(22年3月期〈IFRS〉、連結)

 売上収益:1兆2961億円

 営業利益:1556億円

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 ■人物略歴

安川健司(やすかわ・けんじ)

 1960年東京都出身。私立開成高校卒業、東京大学農学部卒業、同大学院農学系研究科修了。86年山之内製薬(現アステラス製薬)入社。2010年執行役員、11年製品戦略部長などを経て、17年6月に副社長、18年4月から現職。62歳。