「写真」土台に医薬、半導体へ飛躍
富士フイルムホールディングス 後藤禎一 2025.03.31
Interviewer 岩崎誠(本誌編集長)
「写真」土台に医薬、半導体へ飛躍
── 事業が多角化しました。
後藤 主力事業だった写真フィルムの需要が2000年をピークに減少に転じ、「第二の創業」として構造改革を進めてきました。00年代以降、10年ごとに「探索期」「検証期」「成長期」としてイノベーションを進め、ヘルスケア分野ではバイオ医薬品のCDMO(医薬品受託開発製造)事業、エレクトロニクス分野では半導体材料事業がマッチしていると判断しました。写真フィルム事業の技術力と人材が役立ちました。世界一を目指してコダック(12年に経営破綻した米イーストマン・コダック社)を追いかけてきましたが、こうした挑戦心や自由闊達(かったつ)な雰囲気も構造転換につながりました。
── 従業員の意識も重要です。
後藤 創立90周年を迎えた24年、企業のパーパス(存在意義)を「地球上の笑顔の回数を増やしていく。」と定めました。私も17カ国・計26回にわたって従業員とミーティングを重ねました。20年には社員の自己成長を支援するプログラム「+STORY」(プラストーリー)を始めました。アスピレーション(大志)を持つ社員を増やすことが強みになります。
── CDMO事業の現状は?
後藤 製薬企業が開発・製造までを一貫して担う「垂直一貫型」から、現在は「水平分業型」が進み、創薬以降の工程を外部委託するCDMOが拡大しています。現在、デンマークと米ノースカロライナ州で、バイオ医薬品製造の大型培養タンクを新増設する計画を進めています。同州では米大手ジョンソン・エンド・ジョンソンの製薬部門、ヤンセンファーマからの受託が決まりました。
富山にCDMO拠点
── 国内の投資計画は?
後藤 グループの医薬品メーカー「富士フイルム富山化学」に600億円投資し、当社としては国内初となるバイオ医薬品の大規模CDMO拠点を設置する計画です。27年度の稼働予定で、原薬の製造から製剤までを一貫して完成させる態勢を目指しています。
── CDMO事業の強みは?
後藤 非常に高い品質保証が求められる業種です。一方、写真フィルムも撮影して現像、プリントするまで傷などのトラブルがあるかどうかはわからず、高い品質保証が求められる点は同じです。ともに信頼を売るビジネスです。一定条件の下、同じ品質のものを安定して製造し続ける写真フィルムの技術が役立っています。もう一つの強みは、日米欧3極で事業展開している点です。供給力や顧客支援の厚みが他社とは違います。
── 半導体材料も好調です。
後藤 半導体製造に使用される電子材料製品を幅広く提供しています。国内では静岡、大分、熊本、海外では米国、ベルギー、フランス、イタリア、イギリス、中国、台湾、韓国、シンガポールに拠点があります。CDMOと並ぶ投資分野と見込み、24~26年度に1700億円を投資します。23年には、米インテグリス社のプロセスケミカル(半導体製造の洗浄・乾燥工程で異物除去などに使う化学薬品)事業を7億ドル(1040億円)で買収しました。
── 他社に比べた利点は?
後藤 半導体製造過程のうち、ウエハー(基板)上に回路を形成する「前工程」を幅広くカバーしています。製造は異物混入との闘いで、金属片などがわずかでも混じれば商品は不良です。製造に必要な材料を備えているだけでなく、原因を分析する研究ラボもあり、信頼獲得につながっています。海外拠点を通じ、現地で製造を支援できる利点もあります。
── 今後の成長見通しは?
後藤 24年秋には、最先端半導体製造で使われるフォトレジスト(感光材料)と現像液の販売を開始しました。人工知能(AI)の普及などを背景に、需要拡大と高性能化が一層見込まれます。先端レジストについては30年度までに20%のシェア獲得を目指しています。半導体材料事業全体の売上高は24年度で2500億円で、30年度には倍増を目指します。
── 複写機・複合機などのビジネスイノベーションも堅調です。
後藤 ソフトウエアやITを含むビジネスソリューション事業、複合機などの機器を提供するオフィスソリューション事業、印刷に関わるグラフィックコミュニケーション事業の三つがあり、世界唯一無二のプリンティングカンパニーと自負しています。
── 祖業の写真カメラ分野は?
後藤 世界初のレンズ付きフィルム「写ルンです」(1986年発売)など、写真文化の大衆化に貢献しました。98年発売のインスタントカメラ「チェキ」シリーズも幅広い世代から愛され、累計販売台数は1億台を超えました。スマートフォンで撮影された写真のプリント事業にも力を入れています。06年には「写真文化を守り育てることが使命」との決意を発表しました。「写真」を大切にする姿勢を守り続けます。
(構成=中西拓司・編集部)
横顔
Q 30代はどんなビジネスパーソンでしたか
A 30代後半に初代ベトナム駐在を務めました。東京では誰も現地のことがわかりません。自分で決めて実行するしかないため、自分で考える癖がつきました。ベトナムの経験が今につながっています。
Q 「好きな本」は
A 『直観の経営』(野中郁次郎、山口一郎著)です。
Q 休日の過ごし方
A ゴルフを一生懸命やっています。(スポンサー契約を結んだ)プロゴルファーの竹田麗央選手(熊本出身)を応援しています。
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事業内容:ヘルスケア、エレクトロニクス、複写機・複合機、カメラ事業など
本社所在地:東京都港区
設立:1934年1月
資本金:403億6300万円
従業員数:7万2254人(2024年3月期、連結)
業績(24年3月期、連結)
売上高:2兆9609億円
営業利益:2767億円
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■人物略歴
ごとう・ていいち
1959年富山県生まれ。同県立富山中部高校卒業。83年関西学院大学社会学部卒業後、富士写真フイルム(現富士フイルムホールディングス〈HD〉)に入社。2013年富士フイルムメディカルシステム事業部長、18年富士フイルムHD取締役、20年富士フイルム取締役専務執行役員。21年から現職。66歳。
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週刊エコノミスト2025年4月8日号掲載
編集長インタビュー 後藤禎一 富士フイルムホールディングス社長