島根大発の高機能人工細胞

PuREC代表取締役社長 髙橋英之 2025.03.03

 政府の「日本スタートアップ大賞2024」で審査委員会特別賞を受賞。骨や軟骨の病気を中心にさまざまな難病に挑む。(聞き手=和田肇・編集部)

 独自に開発した高純度な間葉系幹細胞(MSC:Mesenchymal Stem Cell)という人工細胞を使った主に骨や軟骨の再生を目指した細胞医薬品事業の立ち上げに取り組んでいます。

 人工細胞にはいろいろな種類がありますが、MSCは細胞採取に伴う倫理的問題が少なく、骨や軟骨、脂肪などへの多様な分化能(多種類の細胞に変化できる機能)があるため、造血幹細胞に次いで期待されている組織幹細胞です。MSCは比較的簡単な手技で分離できるので、国内外で多くの研究が行われていますが、現在のMSCは分化能を持たない細胞の混入が避けられず、品質を一定に保てない、遊走性(体内を循環し適切な場所に生着する機能)が失われているなど、課題もあります。

 私たちは細胞が本来持つ機能を失わずに細胞を分離する手法を開発。高い品質のMSCを作り出しています。移植方法は従来の局所移入だけでなく、点滴などによる全身移入が可能で、骨疾患、免疫疾患、慢性的な炎症性疾患など、治療の難しい難病に期待されています。

 開発した分離方法は、ごく簡単にいえば、ヒトの骨髄などから採取した細胞の一つずつに、いわば“色”を付け、レーザーで選別。それを培養し、その中からさらに有効な細胞を選別します。有効な細胞を得られる率は約0.04%です。そして品質規格テストを経て合格したものが製品「超高純度間葉系幹細胞」(REC:Rapidly Expanding Cells)となります。RECには機能しない細胞は一切含まれず、長期間の培養が可能で培養後も一定期間機能を維持。凍結細胞として保存も可能です。

女性研究者が開発

 RECは、当社の創業者の島根大学医学部の松崎有未教授が、慶応義塾大学医学部の准教授だった時に開発したものです。松崎教授らによって、ようやくMSCによる安全で効果的な治療の道が開かれたと思います。私はバイオ医薬品企業に勤めた経験もあり、後にこの会社に入り、今は社長としてRECの本格的な製品化、利用を目指している状況で、まだ会社としての売り上げはほとんどない状態です。現在、製薬会社や米国の大学、島根大学などと研究を行っていて、臨床試験入りを目指しています。

 RECの具体的用途としては、例えば、骨が正常に形成されない低ホスファターゼ症という難病があります。これは根治する療法がなく、米国では対症療法だけで、大人が年間約200万ドル、子どもは約28.5万ドルの高額な費用がかかるといわれます。

 また、よくある腰の病気、腰部脊柱管狭窄症(せきちゅうかんきょうさくしょう)では、RECを特殊なゲルで包み、腰の骨の失われた軟骨部分に挿入して治す研究も行っています。さらに、細胞の活動を担うミトコンドリアが異常になる難病、ミトコンドリア病の研究も行っています。

 今後は、臨床試験を終えて国に認可されることを想定した、REC量産体制の構築にも力を入れていきます。1人のドナーから、10万人分の製品が作れる見通しです。

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企業概要

事業内容:高純度間葉系幹細胞の開発・販売

本社所在地:島根県出雲市島根大学医学部内

設立:2016年1月

資本金:9000万円

従業員数:13人

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 ■人物略歴

たかはし・ひでゆき
 1963年京都府生れ。88年に京都大学理学部卒業後、マサチューセッツ工科大学に留学。東京三菱銀行(現三菱UFJ銀行)ニューヨーク駐在員、バイオ医薬品メーカー取締役などを経て、2019年PuREC入社。21年から現職。61歳。

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週刊エコノミスト2025年3月11日号掲載

髙橋英之 PuREC代表取締役社長 島根大発の高機能人工細胞