第62回(2021年度)エコノミスト賞

『地域金融の経済学』

2022.03.28

 エコノミスト賞選考委員会(委員長=深尾京司JETROアジア経済研究所長・一橋大学特任教授)は、小倉義明著『地域金融の経済学-人口減少下の地方活性化と銀行業の役割』(慶応義塾大学出版会)に「第62回(2021年度)エコノミスト賞」を授与することを決めた。授賞式は5月12日に開催予定。小倉氏には賞金100万円と賞状・記念品が、出版元の慶応義塾大学出版会には賞状が送られる。

 対象作品は21年1~12月に刊行された著書。主要出版社の推薦なども踏まえて、選考委員会で2度にわたり審査を行った。

 最終選考にはこのほか、以下の2点が残った。

▽ 『日本の経済成長とエネルギー-経済と環境の両立はいかに可能か』

(野村 浩二、慶応義塾大学出版会)

▽ 『地方財政効率化の政治経済分析』

(鷲見英司、勁草書房)

【エコノミスト賞】

 エコノミスト編集部が主催して1960年に創設した。日本経済、世界経済について、毎年1~12月に発表された著書の中から、もっとも実証的・理論的分析に優れた作品に授与される。多くの優位な人材を世に送り出し、「経済論壇の芥川賞」と評される。

小倉義明(おぐら・よしあき)早稲田大学政治経済学術院教授

1973年静岡県沼津市生まれ。95年京都大学法学部卒業。99年同大学大学院経済学研究科修士課程修了。2005年コロンビア大学大学院博士課程修了(Ph.D. in Economics)。一橋大学経済研究所任期付き講師、立命館大学経営学部准教授、早稲田大学政治経済学術院准教授を経て15年4月より現職。専門は金融論。

■講評 データ駆使した独自分析 地域金融の課題明らかに

選考委員長 深尾京司
(JETROアジア経済研究所長・一橋大学特任教授)

 2021年度の「エコノミスト賞」の最終選考には3冊の作品が残った。分析の説得力や、一般読者への分かりやすさなど多様な観点から議論を尽くした結果、地方銀行を中心とした金融業を包括的に研究した『地域金融の経済学』に授与することに、選考委員全員が賛同した。著者の小倉義明氏には心からお祝いを申し上げたい。
 本書は7章で構成される。序盤で生産年齢人口の減少と技術革新の鈍化で資金需要が弱まっている一方、金融と情報技術を組み合わせた「フィンテック」が発展し、飽和状態の金融業に他業種からの参入事例もあり、従来の銀行規制のあり方が見直されているという概況を説明。中盤以降では、データや経済理論を駆使しして、地域金融の現状・課題を分析している。その前提として、融資競争がどの地域でも激化していることも明らかにした。
 融資競争では、サービス差別化などで他の金融機関に対して優位な条件があれば、金利を上乗せできる。本書では、融資競争の激しさについて都道府県ごとのばらつきを時系列で分析している。分析によれば、2000年代前半は、競争が激しい・激しくない都道府県のばらつきが大きく、相対的に競争は緩かった。しかし、08年の金融危機をはさんで、全国的にどの都道府県でも競争が激しくなり、更に13年4月の異次元緩和以降は競争環境がより激化した。
 融資競争は東京都や大阪府など都市部で激しいが、同様に秋田、高知、長崎でも激しい。これら3県では、金利を下げても需要が伸びないことをデータによって明らかにし、金融機関が少ないにもかかわらず融資競争が激しい地域の場合、生産年齢人口減少幅が大きいことが原因であるとも指摘する。
 地域金融を取り巻く状況を、データを駆使した独自分析で明らかにした力量は見事だ。タイトルには「地域金融」をうたってはいるが、量的緩和の影響を論じる際に基礎的な金融論を用いたり、フィンテックについてアントフィナンシャル(中国)を取り上げるなど、学術、産業面の論考も取り込んでおりバランスが取れている。本格的な計量分析も載せてはいるが、金融論の専門家以外にも理解できるよう記述に気遣ったこともうかがえる。
 惜しむらくは、地域金融にはまだまだ合理化の余地がある、という辛口の視点も取り込んでほしかった。ともあれ、50歳前の学者が単著で、専門的な分析を広い層の読者に伝えようとしている点で、今後、エコノミスト賞授賞作のスタンダードになり得る1冊であった。

◇エネ、地方財政も

 野村浩二氏の『日本の経済成長とエネルギー』は、産業連関表を用いて日本のエネルギー生産性の決定要因や貿易との関係を緻密(ちみつ)に計測している。ムードに流され、経済コストの視点が欠落することが多い最近の論壇への警鐘の書である。ただし、これからの課題である再生可能エネルギーや炭素税についての踏み込みが足りなかった。
 鷲見英司氏の『地域財政効率化の政治経済分析』は80兆円超という巨大な地方財政の効率性分析に踏み込んだ意欲作だった。ただ、行政サービスの効率性について投入・産出量に基づいて計測するにとどまり、自治体が提供すべきサービスの構成や質について問う課題意識に乏しかった。
 最終選考には残らなかったが、佐々木勝氏の『経済学者が語るスポーツの力』(有斐閣)は、詳細なデータを使った学術研究が盛り込まれた良書だった。ただ、スポーツというテーマが日本経済全体に与える影響は上記3書よりは低く、選からは外した。


◇エコノミスト賞選考委員

■委員長

 深尾京司(JETROアジア経済研究所長・一橋大学特任教授)

■委員

井堀利宏(政策研究大学院大学教授)

鶴光太郎(慶応義塾大学教授)

福田慎一(東京大学教授)

三野和雄(京都大学経済研究所特任教授)

秋本裕子(『週刊エコノミスト』編集長)