古い産業の仕組みを変える

ラクスル 松本恭攝 2022.06.19

古い産業の仕組みを変える 
松本恭攝 ラクスル社長

 Interviewer 秋本裕子(本誌編集長)

── 主力の「ラクスル」事業はユニークなビジネスモデルです。どういう仕組みですか。

松本 印刷業界は6兆円の巨大市場の約半分を大手2社が押さえ、その他の約6万社の印刷会社が下請けになっています。大手から注文が1次下請け、2次下請け、3次下請けと流れて、少しずつマージンが入る多重下請け構造です。そうした2~4次下請けの印刷会社をネットワーク化し、インターネット上に仮想的に巨大な印刷工場を作るイメージです。インターネットで印刷の注文を受けたら、パートナーである印刷会社の稼働していない設備を有効活用し、低コストでチラシやパンフレットや名刺などの印刷物を届けています。事業名は「楽に刷る」から名づけました。

── 印刷を安くできる理由は?

松本 固定費である印刷の刷版を、複数の顧客でシェアしています。例えばA1サイズの刷版からはA4サイズの印刷物が8面取れます。当社はインターネットで日本中の顧客を集めるので、同じ納期で同じ紙質、同じ部数の印刷物の注文を複数受けることができます。一つの刷版で8種類の仕事を受けることができれば、単純計算で顧客が負担する固定費は8分の1になります。その結果、10万部以下や1万部以下といった小ロットの印刷物であれば、通常の印刷の5分の1ほどに安くなります。

── 繁忙期に注文に応じきれないなどの問題は起きませんか。

松本 印刷会社はもともと設備投資して印刷能力を増強してきましたが、印刷業界全体で需要が減り、現在は繁忙期を含めてフル稼働できていません。その使われていない設備を当社が押さえており、一定の印刷能力を持っています。

── なぜこの事業を思いついたのですか。

松本 2008年のリーマン・ショック直後、私は外資系コンサルティング会社でコスト削減プロジェクトに取り組みました。そこで印刷業界が非効率であることを知り、業界の構造を変えようと、翌年に会社を設立しました。今ではラクスル事業だけでなく、「古い産業にテクノロジーを持ち込むことで産業構造を変える」という考え方でいくつかの事業を手掛けています。

── 古い産業とは。

松本 印刷と同じく多重下請け構造になっている業界に物流があり、「ハコベル」という事業を始めました。個人事業主や小さな運送会社をネットワーク化し、運んでほしい会社と運送会社をマッチングして、輸送能力を提供しています。考え方はラクスルと同じですね。

── 運送業界では人手不足が深刻です。

松本 ドライバー不足と、運送会社に仕事がないという問題が同時に起きています。需給が逼迫(ひっぱく)しているのは、「ラストマイル」といわれる最終地点までの輸送を担う軽トラックです。逆に中距離から長距離では仕事がない運送会社も多く、マッチングがうまくいっていません。ハコベルはここのマッチングを効率化しています。

 例えば顧客である日清食品やミツカンなどの食品会社では、天候や季節によって注文量が大きく変動し、タイミングよくトラックを確保することが難しい面がありましたが、このサービスにより工場からスーパーなどへの物流が滞りなくできるようになっています。

成長ノウハウを事業化
── その他の事業は。

松本 20年に「ノバセル」というテレビCMのサービスを始めました。テレビCMは高価にもかかわらず効果が不透明だと思われていますが、当社にとっては費用対効果がはっきり見えるマーケティングチャンネルであり、その効果を測定・改善することで当社は成長してきました。ノバセルはこのノウハウを外部に提供するサービスで、テレビCMの制作・放映と効果の測定・改善を行っています。

── テレビCMは効果が薄れているという見方もあります。

松本 人々の視聴時間はウェブがテレビを少し超えましたが、逆にいえばテレビはウェブと同じぐらいの視聴時間があり、その効果が消えたわけではありません。一方でウェブCMはイノベーションが進んで、利便性の高い広告の開発や測定ツールが開発されていますが、テレビCMは進化がほとんど起きませんでした。ここを進化させることで、ビジネスになると思いました。

── 他に企業IT業務支援も昨年から始めるなど、事業が急拡大しています。今後の課題は?

松下 ラクスルとハコベルの共通課題は原材料価格の高騰です。また、テクノロジーの構築が価値の柱になるので、エンジニアの採用も課題だと認識しています。すでにインドとベトナムに開発拠点をつくり、グローバル化を進めることで国内のエンジニア不足をカバーしています。

(構成=村田晋一郎・編集部)

横顔

Q これまで仕事でピンチだったことは

A 事業が急成長した時期に採用を増やしましたが、ビジョンに共感しない人も多く入ってきたため、社員が大量に辞めてしまい、組織崩壊に近い状態が起きたことです。その後はマネジメントを強化し、良い会社をつくることを地道にやってきました。

Q 「好きな本」は

A トーマス・フリードマン著の『フラット化する世界』です。

Q 休日の過ごし方

A スキーに行ったり、子どもの相手をしたりしています。

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事業内容:印刷・広告・物流などのシェアリングプラットフォームを運営

本社所在地:東京都品川区

設立:2009年9月

資本金:26億5849万3000円(22年1月)

従業員数:447人(22年1月現在)

業績(21年7月期)

 売上高:302億6100万円

 営業利益:2億2000万円

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 ■人物略歴

松本恭攝(まつもと・やすかね)

 1984年生まれ、富山県立高岡高校卒業、慶応義塾大学商学部卒業。A.T.カーニーを経て、2009年にラクスルを設立し現職。富山県出身、37歳。