アミノ酸で社会課題を解決

味の素 中村茂雄 2025.09.01

Interviewer 岩崎誠(本誌編集長)

アミノ酸で社会課題を解決

── 今年2月に社長に就任してから約半年がたちました。

中村 藤江太郎前社長(現会長)の体調不良に伴って急きょ就任しました。役員や事業担当者と1対1で意見を交わし、ブラジル味の素社長を務めた経験も踏まえて課題を整理しました。既存事業の成長、大型の新製品・新事業の創出、資源活用の効率化、ポートフォリオマネジメント(事業構成の最適化)の進化などの4課題を抽出しました。

 4月1日から「60日プラン」として経営陣でチームを作り、経営課題について検討しました。9月の役員セミナーでは、より具体的に悪いところを直し、良くするための進化の方針を進めていきます。既存事業を伸ばし、新事業が次々と生まれるイノベーティブな会社への進化を目指します。

── 技術系の出身ですが知見を経営にどう生かしますか。

中村 当社の116年の歴史で、また15代目社長で初の技術系ですが、特別な意識はありません。データ重視や慣習にとらわれない発想は自分の強みですが、技術系だから経営が何か変わるということはありません。

── キーワード「アミノサイエンス」を強く打ち出しています。

中村 当社は1909年に(昆布だしに含まれるうまみ成分のアミノ酸から商品化した)「グルタミン酸ナトリウム」(初代「味の素」)からスタートしました。製法を化学合成から発酵へと転換する中で、新たな挑戦として手掛けたのが界面活性剤や接着剤の硬化剤などで、これが電子材料分野への進出にまでつながりました。すべての出発点はアミノ酸です。

 アミノ酸はすべての生き物の体を作る基本物質で、うまみなどのおいしさ、栄養、体の調子を整える生理機能、新たな機能を生み出す反応性があります。アミノ酸の働きにこだわった技術・製品・サービスの総称を「アミノサイエンス」と呼んでいます。社会課題の解決や、ウェルビーイング(心身の健康や幸福)に貢献する製品、ソリューション(解決策)をどんどん出していきたいという思いが込められています。

ギョーザを世界に

── 2025年3月期連結決算は売上高・事業利益が過去最高、最終利益は減益でした。

中村 海外食品事業が順調でした。電子材料もAI(人工知能)サーバー・半導体向け需要の拡大により大きく成長し、増収増益となりました。一方、最終利益が減益となったのは、医薬品の無菌充てん事業の米子会社味の素アルテアの売却に伴うものです。

 26年3月期は、海外食品事業で為替の影響はあるものの堅調に推移しており、電子材料もAI関連需要の強さが続いています。予算達成を目指していきます。

── 主力の調味料・食品事業は単価アップを進め、業績も回復基調にあるそうですね。

中村 人口が減少し、消費者の動向も多様化している国内市場では、異なる価格帯の商品をそろえる「松竹梅」戦略を展開しています。高価格帯の「松」では3種類出しているメニュー用調味料「クックドゥ」の「極(プレミアム)」シリーズが好調です。一方、「梅」でもクックドゥの「きょうの大皿」シリーズが、もやしやジャガイモなどの安価な食材でバランスよく栄養を取れる点が好評です。

 海外市場は人口が伸びており、「味の素」から始まり、「ほんだし」のような風味調味料、クックドゥのようなメニュー用調味料、冷凍食品、レトルト、スープ、ラーメンと商品数を増やせる余地があります。商品が浸透しているタイなどでは、プレミアム商品の販売も伸ばしていきます。

── 日本風の焼きギョーザを海外市場で打ち出していますね。

中村 東京オリンピックの選手村では、当社のギョーザが「世界一おいしい」と評判でした。世界に受け入れられる味だと思っています。

 米国、欧州では味の素のギョーザが定着しています。今後は冷凍物流が整ってきたASEAN(東南アジア諸国連合)やブラジルでも訴求していきたい。ブラジルでは食事の最初に揚げ物をつまむ習慣があり、揚げギョーザが好評です。現地の嗜好(しこう)に合わせて販売していきたいと思います。

── 電子材料事業では世界的に高いシェアを持っています。

中村 私は研究開発を最初から手掛けてきました。成功を支えているのは「高速開発システム」です。半導体は約2年ごとに性能が向上し、材料も更新されます。そこで、2年後に必要とされる技術を先読みし、材料の技術開発を進めています。顧客の要望があればすぐに提供し、その評価段階から改善提案を先回りして用意します。

 先読みして複数のソリューションを準備、改善をしていくことを繰り返すシンプルなものですが、これが機能し、供給不足を起こしたことはありません。

(構成=安藤大介・編集部)

横顔

Q これまで仕事でピンチだったことは

A 入社4年後、社内のリストラにより、挑戦を嫌う文化がある子会社に、研究テーマごと出向しそうになりました。当時の部長が「新鮮な素材もゴミ箱に入れると生ゴミになる」と守ってくれましたが、「ゴミ寸前」になったことはショックでプライドも傷つきました。

Q 「好きな本」は

A 大前研一さんの『企業参謀』。こういう考えがコンサルのベースかと感じました。

Q 休日の過ごし方

A ゴルフです。ブラジル駐在時は治安の関係で街に出られず、土日にゴルフをしていました。買い物に行き、売れ筋商品を見るのも好きです。

====================

事業内容:調味料・食品、冷凍食品、ヘルスケア製品などの製造、販売

本社所在地:東京都中央区

創業:1909年5月

資本金:798億円

従業員数:3万4860人(2025年3月31日現在、連結)

業績:(25年3月期、連結)

 売上高:1兆5305億円

 事業利益:1593億円

====================

 ■人物略歴

なかむら・しげお

 1967年生まれ。兵庫県出身。私立淳心学院高校卒業。東京工業大学工学部生物工学科卒業。92年同大学大学院総合理工学研究科化学環境工学(修士)修了、味の素入社。2022年執行役常務、ブラジル味の素社長。25年2月から代表執行役社長、最高経営責任者。57歳。

====================

週刊エコノミスト2025年9月9日号掲載

編集長インタビュー 中村茂雄 味の素社長