自前の低軌道衛星に投資を加速
スカパーJSATホールディングス 米倉英一 2025.03.10
Interviewer 岩崎誠(本誌編集長)
自前の低軌道衛星に投資を加速
── スカパーJSATの事業セグメントには宇宙事業とメディア事業があります。それぞれの概況を教えてください。
米倉 税引き後利益で宇宙事業が150億~160億円、メディア事業が40億~50億円の水準です。利益をみれば8割程度が宇宙事業に由来します。通信や放送以外に衛星から画像データを取得して政府を含めたユーザーに届けていくビジネスが広がっています。
メディア事業で手掛けている衛星放送ビジネスの「スカパー!」は1990年代には多チャンネル放送のインフラとして有用でしたが、近年はアマゾン・プライムビデオやネットフリックスなどのOTT(インターネットを通じた動画配信サービス)が市場を席巻した影響もあり、事業は2015年をピークに縮小しています。
── 宇宙事業を顧客側の需要からみたらどうでしょうか。
米倉 災害時や緊急時などに備えたバックアップ用の通信回線としての需要があります。政府機関、電力や鉄道会社、高速道路などのインフラ企業向けや一般企業向けに提供するものです。携帯電話各社にも「バックホール(加入者回線と基幹通信網をつなぐ通信網)」目的での通信回線を供給しています。
近年では、航空機でインターネットサービスを提供するための衛星活用も伸びています。コロナ禍で落ち込んでいましたが、ここにきて需要は回復しています。防衛目的でも当社が所有する衛星を(政府に)使ってもらっています。
防災目的で土壌の状況を確認する需要があります。山の斜面に水分が多いとか変形しているかなどを定点観測するニーズです。大きな農園を運営している事業者からは土壌の乾燥具合を調べたいという要請もあります。
豪雨をもたらす線状降水帯の状況を調べたいという需要もあります。この場合、当社が運用する静止軌道衛星からカメラで撮影するだけではその動きは捉えられません。どうすればいいかというと、レーダーを搭載した小型SAR(合成開口レーダー)衛星から雲の下の状況を把握するのです。当社が出資するQPS研究所と小型SAR衛星の運用について協業を始めています。この衛星は東京ドームの上空を通るとドームの下にあるスコアボードの形状までみることができます。
── 衛星打ち上げの考え方は。
米倉 当社はこれまでに30基の衛星を打ち上げて現在は17基を運用しており、すべて静止軌道衛星です。地上から4万キロ弱にある衛星ですが、今後はこの資産だけではだめだと考えています。静止軌道の下にある中軌道や、(米著名実業家の)イーロン・マスク氏が経営するスペースXに象徴される低軌道衛星にも資産を広げる必要があると考えています。
低軌道衛星に本格参入
── 低軌道衛星の強化では自前で衛星を打ち上げるのか、他社の既存設備を借りるのでしょうか。
米倉 両方です。当社は現在も米国の低軌道衛星サービスに関する販売権を持っていますが、それだけでは足りないと考えています。中軌道や低軌道衛星の直接オーナーになるということを志向しないと負けます。近々ニュースリリースを出せると思います。(編集部注:スカパーJSATは2月5日、米PlanetLabs社と協業して低軌道衛星コンステレーションを構築すると発表。2億3000万ドル(約350億円)を投資し、地球観測衛星事業に本格参入する)
── 低軌道衛星といえば、スペースX社が運営するスターリンクのインターネット接続サービスが注目を集めています。
米倉 当社がスターリンクの提供するサービスを日本で販売することはできるし、スペースXとは対立する関係ではありません。当社はHAPS(ハップス、高度20キロ程度の成層圏を飛ぶ「空の基地局」)をNTTと共同で実証実験の最中です。ソフトバンクも同様の実証実験をやっています。太陽光パネルを搭載するので燃料は不要、衛星に比べて地上から近いからデータ料も安くなる可能性があります。スターリンクは衛星とスマホの直接通信という点では有利ですが、技術革新がどう進むのか分からないので、利用できる最善のテクノロジーやパートナーを組み入れてチャレンジしていきたいですね。
── メディア事業は今後どうしますか。
米倉 スカパーの契約者数は383万件(12年度)がピークで22年度に300万件を割りました。少子化の時代に衛星放送利用者が増えることはありません。メディアが成長ドライバーになるかと聞かれたら「それは無理です」と答えます。だけど、コストをしっかりとコントロールしながら税引き後利益で40億~50億円を稼ぐビジネスモデルが日本からなくならないと考えています。
(構成=浜田健太郎・編集部)
横顔
Q これまでのビジネス人生でピンチだったことは
A 伊藤忠商事時代、電力・プラント事業の部長だった当時、50を超える全社事業のうち収益が一番下か2番目で悔しい思いをしました。事態打開へ米国で発電所の事業を始めていまは稼ぎ頭の一つになっています。
Q 最近買ったもの
A アップルの聴力補正機能付きのワイヤレスイヤホンの「AirPods Pro2」です。
Q 社長業とは
A 後任の人たちが困らないようにするための線路を敷くこと、ばくちではない見通しと資金の使い方の決断をする仕事でしょうか。
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事業内容:衛星通信サービス、有料多チャンネル衛星放送
本社所在地:東京都港区
創業:2007年4月
資本金:101億円
従業員数:848人(24年3月現在、連結)
業績(24年3月期、連結)
売上高:1218億円
営業利益:265億円
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■人物略歴
よねくら・えいいち
1957年生まれ、私立暁星高校卒業、慶応義塾大学経済学部卒業。81年伊藤忠商事入社。代表取締役常務執行役などを経て、2018年6月スカパーJSATホールディングス副社長、19年4月から現職。東京都出身、67歳。
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週刊エコノミスト2025年3月18・25日合併号掲載
編集長インタビュー 米倉英一 スカパーJSATホールディングス社長